不穏

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「青也も来てたのか。撮影?」  成瀬が親しげに葛城の肩に片腕を回す。 「はい、専属の撮影です。成瀬さんもですか?」 「ああ、俺は二階のスタジオで特集記事の撮影」 「そうでしたか。お疲れ様です」  葛城が珍しくも謙虚な姿勢で敬語を使っている。成瀬を慕っているのだろう。 「ところで青也……彼は新しいマネージャーさんか何か?」  成瀬が蒼生の存在を尋ねた。 「そんなところです。今はまだ相澤さんの補佐ですけどね」 「へぇ……綺麗な顔をしているからモデルさんかと思ったよ。はじめまして、成瀬彪児です」  葛城の肩から腕を離した成瀬が握手を求めてきた。 「柳と申します。成瀬さんのご活躍は拝見しております。主演映画も素晴らしかったです」  手を握り返して笑顔を繕う。お世辞と愛想をふんだんに込めた。 「嬉しいな、ありがとう。それより我儘王子の青也の世話は大変じゃない?」  握手を交わしたあと、成瀬が冗談交じりに言った。 「酷いな、成瀬さん。かわいい後輩をそんな風に言ってさ」  気を許し合った仲なのだろう。二人の間には友情と信頼が見えた。 「おいおい、自分でかわいいとか言うなよ」  そう言って笑う成瀬の目尻が一瞬、険しく吊り上がった。ほとんどの人が見逃すほどの微かな表情の動きだ。葛城も気づいていない。しかし、蒼生は違った。 (……なに?)  違和感を呼んだ。どうしてそんな目をすると訝しんでいるうちに成瀬は葛城の肩をポンと叩いた。 「じゃあな、また?今度、飲みに行こうぜ」 「はい、是非!」  爽やかな笑顔で成瀬が去っていく。彼は通路を曲がった先にあるエレベーターフロアへと消えた。  誘いを受けた葛城が頭を軽く下げた。すると、ほんの一瞬、成瀬が目尻を険しく吊り上げた。またしても葛城は気付いていない様子だ。通路を曲がった先にあるエレベーターフロアへと成瀬は歩いていく。蒼生はそんな彼の背を目で追った。 (……今のは、なんだった?)  一瞬とはいえ睨みつけるような眼差しだった。蒼生はぴったりと当て嵌まる言葉を脳裏で探す。そう、わかりやすく言えば……。 (敵意……?)  警護人として経験を積み、人の視線に対して敏感となった蒼生だからこそわかる、目の表情だった。
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