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「あの人、びしょ濡れだね。どうしたのかな?」
「そう、ね……」
晶子の声が曇った。
タイヤが雨水を跳ね上げながら自宅前に到着する。ここで佇む人物が振り返った。父と同じくらいの身長で少し痩せ型の男性だった。彼は黒のスニーカーにジーンズを着用していた。
誰だろう。蒼生は男をジッと見つめたが、フード付きのパーカーが目深に被せられていて、顔は全く見えない。
「お母さん……あの人、何か用事なのかな?」
問いかけても何も返ってこなかった。不思議がった蒼生は黙している母の顔を覗き込むと……。
「……っ!」
その形相に心臓が竦んだ。
切れ長の二重瞼は大きく見開かれ、睨むようにして男を凝視していた。この美しい母が顔を歪める事があるのかと蒼生は戸惑った。
「お、お母さん?」
微かに震える喉で再び呼びかけると母はニコリと笑った。
「駐車場に車を入れるわね」
バック操作で車体が車庫へと入っていく。その動きを、男はこちらをじっと見ているようだった。顔こそ見えないが、粘つくような視線を肌で感じていた。
「お母さん、なんだかあの人……」
怖いと言いかけて口を閉ざした。母の知り合いだったら失礼だと感じたからだ。
「あの人はお母さんのお友達よ。ちょっと話をしたいから蒼生は先に家に入っててくれる?」
「でも……」
なぜだか嫌な予感がして蒼生は頷けなかった。
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