ひよこ

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 近所の寺で縁日があるから一緒に行かないか、と誘ったのは私の方からだった。近頃の彼女はふさぎがちで、喫茶店の勤務も休むことが多くなった。彼女の体調を心配した私が電話をかけてみると、彼女は、「心配かけてごめんなさい」と謝るばかりだった。どうやら熱があるだとかそういうことではないらしい。とにかく気分が落ち込んだり、突然の焦燥感に駆られて泣き出してしまったり、そのような状態が続いているようだった。私はそんな彼女をどうにかして元気づけてあげたいと思っていた。  待ち合わせ場所に現れた彼女は、まるで知らない人のようだった。あんなに綺麗だった黒髪は艶を失い、薔薇色の唇は色褪せて見えた。家に一人籠っているよりも外の空気を吸った方が良いに違いないと信じていた私も、別人のようになった彼女の姿を見て、外を連れ回すのは止そうかと思った。しかし、彼女は大丈夫だと言って聞かなかった。今思えば、私に心配かけまいと気丈に振る舞ってくれていたのだと思う。  縁日は子供から大人まで沢山の人で溢れ、活気に満ちていた。今日は四万六千日で、寺に参拝しようとする人々の列が境内から歩道まで伸びていた。私達は寺までの道を、人の間を縫うようにして歩いた。  夜店の中でもひと際多くの子供が群がっている場所があった。暗闇の中でうす汚れた電球に照らされていたのは、羽毛を染料で染められたひよこだった。窮屈な箱の中に押し込められた色とりどりのひよこたちはピヨピヨとしきりに鳴き続けていた。
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