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「私、一羽買おうかしら」と彼女は言った。
「君、カラーひよこは見た目こそ愛らしいけれどね、売られるまでの過程でそれは酷い扱いを受けているのだよ。飼ったところでそう長くは生きられまい」
私は夜店の店主に聞こえぬよう彼女の耳元でささやいた。生き物を飼えば必ず情は湧くもので、老い先の短いひよこを買うなぞ、その先に悲しみが約束されているようなものだと私は思っていた。
「だけど、可哀想じゃない」
そう言うと、彼女はしゃがみこみ、色鮮やかなひよこたちを一羽一羽丁寧に、確かめるように見つめていた。
「おじさん、この子頂戴な」
彼女が選んだのは青色で、みすぼらしいひよこだった。
「他にも沢山いる中で、どうしてわざわざそのひよこを?」
私達は寺の境内を歩いていた。境内ではほおずき市が行なわれており、ほおずきを求める人々で賑わっていた。じゃり、じゃり、と歩く度に足元の砂利が音を立てた。
「だって、健康そうな子は他の誰かが買って可愛がってくれるかもしれないじゃない。この子は誰からも選ばれそうになかったものだから」
彼女はひよこの入った小さな箱を両手で大事そうに持っていた。
「可哀想と思うなら、何故ひよこを買ったりしたんだい?売れるとわかれば、また業者はひよこを仕入れることだろうよ」
少々意地が悪い言い方かもしれないと思ったが、私は彼女にそう問いかけた。
「どのみち、売られていたあの子達はきっと長く生きられないわ。それに、私一人が買おうが買うまいが、ああしてひよこが売られ続けることに変わりないもの」
私の二歩後ろを歩いていた彼女は立ち止まり、きっと唇を結んだ。そして、振り返った私の目を見つめながら、こう言ったのだった。
「私には全てのひよこを助けてあげることはできないけれど、たった一羽のひよこになら毎日餌と水を与えて、清潔な寝床で寝かせてやることができるわ。そうして、毎日大好きよって言いながら大切に大切に飼ってあげることができる。それは死ぬまでの短い時間かもしれないけれど、そうしてあげたいと思う。これは偽善なのかしら?」
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