ひよこ

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 私は守護札を貰いに並んだが、彼女はいらないと言って境内の隅で待っていた。彼女は一生分の功徳にも興味がないようで参拝もしなかった。折角寺まで来たのだから、と私が言っても、神も仏も信じていないの一点張りで、彼女は頑なに参拝を拒否した。あの時彼女が何を考えていたのか、私には知る由もない。赤いほおずきの傍に立つ彼女が酷く青白く見えたことを、今でも鮮明に覚えている。  彼女が可愛がっていた青いひよこは、案の定、一週間ほどで死んでしまった。そのことを私は彼女との通話の中で知った。彼女は泣きながら、ひよこを庭に埋めたと言っていた。ひよこは苦しまずに死ねたかと尋ねると、彼女は「ひよこは眠るように息を引き取った」と答えた。  ひよこと暮らし始めた彼女は目に見えて元気を取り戻したので、ひよこの死で随分と落ち込んだようだけれど、しばらくすれば、また元の元気な彼女に戻ってくれるのではないか、とその時の私は安易にそう考えていた。けれど、彼女が仕事を休む回数は増え、私が電話をかけても大家の取り次ぎに応えないことが多くなった。仕事が立て込んでいた私が久々に喫茶店に顔を出すと、既に彼女は喫茶店を辞めていた。  私は以前教えてもらった住所を頼りに、彼女の住んでいるアパートに向かった。アパートは商店街を抜けた先にあった。雨風にさらされ続けたアパートの表札は元の色が剥がれ落ち、黄土色の壁はあちこちに亀裂が入っていた。敷地内の雑草は伸び放題で、花の枯れた鉢植えがそこいらにいくつも並んでいた。私は扉の表札の中から彼女の名字を探した。
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