10.***神域***

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10.***神域***

 閃光の眩しさを避けた手を下ろし、ゆっくり瞼を上げる。 「どこだ? ここ」  白く天と地が混同した世界が広がっていた。靄のようなものが視界を遮り、地平線もない。眉を顰めた真桜が小さく言霊を零す。 「華守流、華炎、アカリ…」  居場所がわかるか?  心の中で問いかけた途端、すぐ斜め前にすらりとした白い衣の青年が降り立つ。黒髪と印象的な蒼い瞳――僅かに顔を曇らせて彼は真桜へ視線を向けた。 「このような狭間(はざま)に落ちるとは……それでも陰陽師か」  呆れたような口調と裏腹に伸ばした手でしっかりと手首を掴まれた。アカリの言葉から、どうやら通常の空間とは違う場所にいるのだと知れる。 「悪い、助かるよ」  華守流と華炎が()んでも現れないことに不安を感じながらも、隣にアカリが居てくれる事実に肩から力を抜いた。  誰もいない空間に1人というのは、それだけで緊張するものだ。 「あれらはこの空間に入れぬ」  見透かしたようなアカリの言葉に、真桜は素直に問い返した。 「何故?」 「おまえは『()の者の直系』だが、あれらは神性にあって神に非ず……あくまでも使役される式神だからな」  肝心な言葉をぼかした説明は、当事者でなくては理解できない。神々は嘘を吐かないが、代わりに的確な表現を濁す言い方を普段から多用した。まるで言霊の影響を恐れるように……。 「そっか…」  納得した真桜の呟きに、意味ありげな笑みを浮かべたアカリが強く手を引いた。反射的に姿勢を整えようとして突っ張った手を、アカリに絡め取られる。 「何を……っ」 「ここを出る……長く居ると人間の部分が狂うぞ」  言葉と同時に深く浅く呼吸を整えたアカリの唇から、声なき言霊が吐き出された。  周囲の少し冷えた空気が切り離され、ふわりと暖かな何かに包まれる感じがする。目を細めて紫藍の瞳で見つめる先に、ぼんやりと見覚えのある景色が現れた。  ―――護るべき、京の都……。 「あれをみよ……」  示された先の東の空で、龍体が大きくうねるのがわかった。  苦しそうにもがく青銀の龍がこちらを認識し、じっと視線を固定する。まっすぐに絡んだ眼差しから伝わる苦痛と怒りに、真桜は胸元を掴んで息を飲んだ。 「絡みつく怨嗟を解き放つは、そなたが役目……」  アカリの淡々とした物言いは、同じ天津神に属しながら他人事の響きを崩さない。この冷淡で突き離した言葉こそが、神の眷属である証なのだろう。彼らは自らの眷属に関わる事柄でない限り無関心だった。  身に染みて神の薄情さを知る真桜はひとつ深呼吸する。 『我は龍の開放を誓う』  言霊が空の色を染め替えるのが分かった。  アカリは目を細めて唇を噛み締めたが、何も言わずに真桜を引き寄せる。密着した体から伝わる温もりが、アカリの複雑な心境を真桜へと伝えていた。 「心配しなくても大丈夫だよ、これでもオレは『都一の陰陽師』なんだぜ?」  茶化した真桜を睨んだアカリが、呆れたと唇を動かす。声にならない本音を感じ取り、眼下に広がる都へ真桜は微笑んだ。 「オレが護ってみせる」  それが己を縛る鎖となろうとも……覚悟はとうに出来ていた。
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