12.***守護***

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12.***守護***

「アレは我が者…朽ちた指は生者(せいじゃ)へ届きはせぬ」  息吹を託した言霊に、悲鳴を上げた人形(ひとがた)は消えた。しゃがみ込んだ真桜は長い髪を掻き毟り、小さく背を丸めて何もかもを拒絶している。  生気に溢れ、自信に満ちたいつもの真桜の姿はそこになかった。 『真桜?』  華炎と華守流が心配そうに囲む中、ブラウンの髪から手を離した真桜が空中へ文字を画く。その文字が僅かに光り、華守流が舌打ちした。  ほぼ同時に半透明の男が現れる。 『真桜さま? いかがなさいました?』  徐々に姿が濃くなっていき、人と変わらぬ実体で彼は真桜を支えるように手を差し出す。ブロンズの髪は黒髪に変化し、新緑の瞳を柔らかく細めて気遣う青年は土を厭わず膝をついた。  真桜の髪に触れようとした瞬間、アカリは反射的に青年の手を払う。 「貴様……どこの者だ? 死臭がするぞ」  アカリの指摘に、唇を歪めて笑った青年は身を起こして優雅に一礼した。 『天照大神様の眷属とお見受けいたしました。私の名は黒葉(くろば)、死神の一族にして……真桜さまの守護につくモノです』  者ではない。だが物でもない。  言霊で伝えた黒葉は真桜の前に傅き、長い髪の一房を手に取り接吻けた。  まるで儀式のような神聖な行為に、華守流は眉を顰める。華炎は苦笑して溜め息を吐いた。  どうやら彼らにとって見慣れた光景らしい。 「黒葉……すぐに調べてくれ。さっきのっ!」 『はい、母君がどうなっているか……ですね? あの方の封じた祠を確認いたします』  ですが……続けて言葉を飲み込み、黒葉は(かぶり)を振った。 「黒葉?」 『なんでもありません。失礼いたします』  アカリに意味ありげな眼差しを投げ、黒葉は闇に溶け込んで消える。  長いブラウンの髪を、生温い風がふわふわと弄んだ。  舌打ちした華守流と顔を顰めた華炎の様子を見るに、彼らも黒葉に対して好意的ではないらしい。アカリは僅かに目を眇めると、立ち上がる真桜の隣に立った。 「…守護は『あの男』がつけたのか?」  不快さを滲ませた響きに、真桜はきょとんとした顔で小首を傾げる。だが、顔色はまだ青ざめており……唇も紫がかって小刻みに震えていた。さきほどの衝撃がよほど大きかったのだろう。 「……黒葉のこと?」 「そうだ」 「あいつが寄越した奴だぜ」  言い切った真桜の表情が複雑な色を刷く。黒葉を気に入って重用する真桜だが、父親が寄越したという事実は気に入らないようだ。  ようやく血の気が戻った顔を上げ、深く溜め息を吐いた。 「オレは黒葉を気に入ってる。頼むからもめないでくれよ?」  頼む形を取った真桜に、慣れている華炎と華守流は素直に頷いた。しかし……アカリはきゅっと引き結んだ唇をそのままに、返答しない。 「アカリ?」  「……俺は気に入らない」   子供のような拗ねた口調で告げられ、目を見開いた真桜はくすくす笑い出した。アカリの手を取り、自分の方へ引き寄せると背へ腕を回して抱き締める。 「嫉妬するなんて驚いたな…でもオレはアカリも大好きだぜ」  心配するなよ…そう滲ませた言葉にアカリは小さく頷き、そっと手を背に回してきた。  神族として育ったアカリにとって、温もりを感じる行為は未経験で……真桜の肌や吐息が触れる距離に心地よさを感じて表情が和らぐ。 「華炎も華守流も……皆、オレには過ぎた友人だ」  呟いた真桜の声に潜んだ暗い響きに気づけた者はいなかった。
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