ある団地の庭の書斎にて

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 いつものように使い古したマグカップを置き、電気ポットに手を伸ばした。その時だった。ベランダで何かうごめく影を視界に感じ、私はぎょっとした。見ると網戸の向こうに小さな女の子がいる。 「コラッ、どこ行ったぁ」  遠くで多分この少女の事だろうを叫ぶドスの利いた野太い声が響いた。多分、あの隣りの隣りの部屋だ。  少女はその声を聞いて更に慌てたように、きょろきょろと身の処し方に窮し、私の狭いベランダで無駄な右往左往をし始めた。私の狭いベランダには少女が隠れられそうな場所は何も無かった。クーラーの室外機さえもなかった。それでも少女は一生懸命自分の救いを探し回った。  窮した少女は遂に網戸を開け、私の部屋の中に入って来てしまった。薄暗い部屋の中に入って初めて私の存在に気付いた少女は、私を見上げ、固まった。私もどうしていいのか分からず、黙ってその少女を見つめた。少女には子供に常識的に備わっている何か大事な表情がなかった。  しばらく見つめ合った後、少女は遂に涙を流し始めてしまった。しかし、決して声を立てて泣きはしなかった。声を押し殺し、苦しみを小さな体に押し込めるように静かに泣いた。 「どこだ、コラぁ」  また、怒鳴り声がした。多分この子の父親なのだろう。少女は続きのベランダ越しに自分の部屋から逃げてきたに違いない。     
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