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もともと、この団地にはもう人は殆ど住んでおらず、私の部屋のある号棟にも空き家が並んでいた。上も隣りも斜め上も人は住んでいなかったし、五階までのその上の階にも二件ほどにお年寄りが侘しく住んでいるだけだった。
私の部屋は一階の角部屋でしかもこの棟自体が団地群の角にあり、隣りに建物はないときている。私は広大な敷地の中に完全に自由な空間を手に入れたも同然だった。
それから私はその空間で、仕事をし、食事をし、読書をした。日々草の匂いと、木陰の涼しさと風の音が、そんな私を心地良く流れていった。今まで自分がこの空間なしでどうやって生きていたのか不思議に思うくらい、そこは快適だった。
何かがガサガサと周囲の草むらを揺らしている。私は何か獣が出てきたと察した。隣りは山である。イノシシなんかも出ることは珍しくない。私は少し身構えて音のする方を注視した。
草むらからひょこっと小さな白とオレンジの頭が覗いた。それは猫だった。大げさな音とは裏腹にあまりに小さくかわいい姿に私は拍子抜けして、笑ってしまいそうになった。
猫は私の姿を見ても怯える様子も警戒する様子も逃げる様子もなく、逆ににゃーにゃ―と甘えるように真っすぐ私にすり寄ってきた。猫はしゃがんだ私の膝に乗り、安心しきったようにくつろいだ。これ程に警戒心の無い動物を私は今まで知らなかった。
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