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できるだけ人気のないところを探してあてもなく歩くうち、磯に出た。潮の香りを含む夜風がアルコールで熱を帯びた肌に心地よかった。昼間は熱中症になりそうなほど暑かったのが?のように穏やかな涼気に満ち、寄せては引いていく波の音だけが響いていた。地球上に自分だけが取り残されたような気持ちになり、涙がこぼれそうになった。磯に沿って歩くと、ごつごつした岩の間に小さな砂浜を見つけた。昼間にみんながはしゃいでいた砂浜に比べると、猫の額ほどの広さしかないが、三日月に照らされた柔らかな砂はこんなオレでも受け入れてくれそうに見えた。いくつかの岩の上を慎重に飛び越え、砂浜の上に着地した。そして、何気なく海に目をむけ、そこで目を見張った。
波打ち際が青白く光を放っていたのだ。波が打ち寄せるたびに新たな光が生まれ、暗い夜の風景の一部を照らしている。酔って夢でもみているのだろうかと思うほど、幻想的で不思議な光景だった。呆然と見とれていると、青白い光でできたステージの中央に立つように、ほっそりとした人影が現れた。
「だれかいるの?」
不意に聞こえた柔らかな女性の声に心臓を直接撫でられたような気がした。どうしてもその姿がみたくて、波打ち際ぎりぎりのところまで歩み寄った。月明かりと波間の光の中に浮かび上がったのは、肩下くらいまでの髪を無造作に垂らした女性だった。きれいな人だ、と反射的に思った。海水で濡れたシンプルな無地のワンピースがその細い身体に張り付いて、どきりとした。
「キャンプ場に来てる学生さんね」
オレは頷いた。鼓動が自然に速くなっていくのがわかった。
「どうしたの、こんなところで一人で」
「えっと、あの、ちょっと散歩してて……」
しどろもどろで答えるオレに女性は少し首をかしげるようにして笑った。
「ここ、私の秘密の場所なのよ」
海水にぬれたスカートの裾を持ち上げ、しなやかな右足で水面を軽く蹴った。水が飛び散り、その周りにまた青白い光が灯った。
「夜光虫っていうの。こうやって刺激を与えてあげたら光るのよ」
美しい光景だ。だが、その中でも最も美しいのは、この不思議な女性だった。
「ほら、あなたも」
手をとられ波の中に数歩踏み込んだ。ビーチサンダルを履いた足が冷たい水に包まれ、その足を中心にまた光の輪ができた。女性の手は冷たく、そこからオレの鼓動が伝わってしまいそうな気がして、動けなくなった。
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