第1章

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「泳いでいたんですか」 「そうよ。夜に泳ぐと気持ちいいの」  かすかに、磯の匂いがした。 「夜光虫と一緒に泳ぐととてもキレイなのよ。水をかくたびにきらきら光って、星空の中にいるみたいなの」 「夜に海で泳ぐなんて、危ないですよ」 「大丈夫よ、遠くまではいかないから」  泳ぎは得意なの、と笑う。冷たい手の感触を今度はアルコールとそれ以外のもので上気した頬に感じた。それから夜目にも赤い唇がオレの唇に重なった。熱も重さも感じない、ただ水に触れただけのようなキスだった。とっさにその細い身体に腕をまわそうとしたが、濡れた布の冷たい感触だけを残してするりと逃げられてしまった。 「だめよ、ソウタくんまで濡れちゃうから」  濡れてもかまわない、と言いたかったが、言葉がでてこなかった。 「だいぶ飲んでるのね。今日はもう帰りなさい」  女性は海の闇と同じ色をした髪をなでた。  もちろんオレはまだ帰りたくなんかなかった。もっとこの女性のことを知りたい。 「名前を教えてくれませんか」 「明日もまた会いにきてくれたらね」 「来ます、必ず」  すべてが謎めいたこの女性ともう少し一緒にいたいと思った。 「もう遅いですから、あなたも帰ったほうがいいですよ。オレ、送りますから」 「帰るってどこに?」 「キャンプ場に泊まってるんですよね」  女性は首を振った。 「私、ここに住んでるのよ」  この辺りには民家などない。キャンプ場以外の宿泊施設もない。ここ、とはどこを指すのだろうか。 「私は大丈夫。だから、もう行きなさい。お友達が心配するわよ」  ちょっと待って、と止める間もなかった。 「明日は一緒に泳ぎましょうね」  そう言うと、女性はそうすることが自然とでもいうように海の中に泳ぎ去った。青白い光の粒を纏った姿はすぐに夜の闇に飲み込まれた。
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