1章 繭玉と怪異

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図体に似合わず怯えるお供の塩竈(しおがま)には目もくれず、空穏は心の耳を澄ませる。 声は聞こえない。だが引き寄せられる。連れていって、置いていかないでと繭の声なき声が袖を引く。 ような気がする。 「ちょわ、空穏さん!?」 じゃぶじゃぶと豪快な水音をたて、脚絆に白衣(びゃくえ)、墨染の衣に山吹色の七条袈裟までも濡れるのを構わず湖に入る。 カナヅチの塩竈は見ているだけで冷や汗だ。 あっという間に胸まで浸かった主人に呆れ、 「空穏さんはもう、危ういんだからぁ!」 ブフーとため息をついて渋い顔をする。 主人は何事も放っておけないたちで、それは確かに美徳なのだが、あまり向こう見ず過ぎて命知らずなところが恐ろしい。 先日など空腹で襲ってきた熊から逃げもせず『さあ食え』などと言って寝そべるから焦った。 『無造作に死にたがるのやめてぇ!』力ずくで袖を引いたが塩竈はしばらく生きた心地がしなかった。
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