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一面に曇天の広がる薄暗い朝のことだ。
土間の藁の中で塩竈が二度寝を楽しんでいると、ずんぐりと太った鬼のような面構えの男が膝の痛みを訴えてやってきた。
初めて診る患者であった。渦を巻いたすね毛は虫が入り込んだら二度と出られそうにない。
もっと優しく治療しろだの寝心地が悪いだのとやけに文句が多く、空穏は辟易としながらも何とか仕舞いまで耐え切ると、
「さ、この方にお水を」
衝立に向かって声を掛けた。奥から鈴を転がしたような声が『はい』と返事をする。同時に水を注いだ粗末な鉢がひとつ、衝立の端からつと患者に差し出された。
他に人がいるとは思わなかったのだろう、男はギョッとしたようだったが、鉢に添えられた真っ白な手を見るや目の色を変えた。
「ほ、これはこれは。寂しい男所帯かと思えば、お坊様もやるもんですなぁ」
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