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慣れない染毛には常以上の時を要した。
「ええ、小生は由緒正しき公家の牛でした。でも家畜に対する上のやり方が気に入りませんで、葵祭に暴動を起こして都を飛び出しまして。小生を捕えて殺さんとする役人どもから救うてくれたのが空穏さんです。小生を余命幾ばくも無い牛だと役人に信じ込ませて追っ払い、お供にして下すったんです」
「まあ……!」
のんびりと昔話に興じている間は良かったが、塩竈がいびきをかき、しまいにフガフガと寝言を言い始める頃にはやっと手元が分かるほど室内の群青が濃くなっていた。
表情のすぐれない繭に疲れたかと声をかけると、
「そうではございません。ただ、こんなどこの誰かも分からないあたしのために、どうしてこんなにして下さるのかと……」
すまなそうに俯くので、空穏は朗らかに喉を鳴らした。
「さあ、さようなことは分からん。己のやりたいようにやっているだけだから気にするな」
礼には及ばんぞ。といなしてまた櫛を滑らせる。
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