冷たい土の下に

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スナック「ミズキ」のドアを開けると、寂しげにぶら下がった鈴が、それに似つかわしくない賑やかな音色を奏でた。 店は営業中なのに、客が一人もいない。 磨き抜かれたカウンター。その向こう側。兄弟分の山崎がバカラのグラスを念入りに磨いていた。 「兄貴は?」俺は聞いた。 「便所」 顔も上げずに山崎がぶっきらぼうに答えた。手を滑らせてバカラを割ったりしたら最悪だ。仙道から何をされるか分からない。だから、目線を合わせる余裕も無いってか。だが、そんな山崎の気持ちは、痛いほど分かる。 止まり木に尻を乗せた。カウンターに肘をついた。暇潰し代わり。山崎の手元を眺めた。シンプルだけど複雑な形状のバカラが、ライトを反射している。クリスタルが、虹色に輝いた。 俺は、視線を左腕のカシオに移した。 二十二時。こんな稼ぎ時に客がひとりもいない。クチコミで広がっているのだ。「ミズキ」で水割り一杯飲んだら伝票に八万円と書いてあったとか、値段に文句を言おうとしたら、おっかないバーテンが指をバキバキ鳴らしたとか。 こんなホステスもいないようなヤクザの店になんか、地元のまともな人間は誰も来ない。来るわけがない。
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