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拳を突き出し魔物を吹き飛ばした武闘家は、その倒した魔物へ一礼して帯を絞め直す。息一つ乱さぬ彼はあらゆる武術を極めた武闘家だった。そして、今倒した魔物が千体目の魔物だった。
耳なりの様な音。それが合図となって空間が歪み光の輪が現れる。武闘家は精神統一なのか手を胸の前で合わせ息を吐く。そして現れる黒竜は鳴き声を上げ、武闘家へ顔を向ける。
どんな相手にも先ずは一礼と武闘家は頭を下げ、次に足を前後に腰を沈めると拳を握った。それを待っているのか観察していたのか、黒竜は武闘家の動きが止まるのを待ち、前足を地面に付けると爪先をめり込ませた。
先手必勝とばかりに翼をたたみ素早く爪で地面を蹴り武闘家へ迫った黒竜は牙を見せて大きく口を開く。黒い塊が弾丸の如く迫る中、武闘家は地面を蹴ると黒竜が噛んだ牙と牙の合わさる音を聞きながら体をひねりそのがら空きの背に拳を振り下ろす。
硬い鱗は鋼鉄のように固く、しかし武闘家は拳を痛める事はなかったが顔を歪ませた。その一撃で武闘家は己と黒竜との力の差を感じてしまう。
黒竜の背を蹴り距離を取った武闘家が再び構えに入るも、翼を広げ旋回した黒竜は羽虫より軽やかにそして素早く体勢を整え武闘家へ迫る。
口を開き炎を吐いた黒竜に再び跳躍を強いられた武闘家が跳ぶと、そこには既に黒竜の大きく開かれた口があり、武闘家は眼を見開き叫び声も上げる事無く黒竜に丸呑みにされてしまった。
静まり返った一帯で、黒竜は雄叫びを上げる。そして現れた光の輪に身を潜らすと歪みの中に姿を消した。
その場に残る物は何もなく、ただ時間だけがいつも通り動いていた。
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