冬 Decision Bell Ⅲ

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*  瞬きすらも出来ない黒曜石の瞳は揺れたまま、青白い満月を背景に遠く小さくなっていく少女を捉えていく。  不意にその身体が、力尽きたように倒れていった。 「ヨーク兄さん! ……あーもう、こいつ、いい加減にっ」  マーガレットは歯噛みしながら、もう少しで擦り切れそうな蔓をひたすら床面に擦り続ける。だが次の瞬間、拘束された身体に開放感が生まれた。胴体に巻き付いた蔓が緩んで床面に落ちていく。背後には、杖を携える老女が億劫そうに息をついていた。 「やれやれ、とことん仰々しい別れの儀式だったこと」 「おばあさま……」  カタリナは仕込み杖の刃で、プリムローズとジョシュアの蔓も同じく取り払っていく。 「ばばしゃま、すまないのよ。ていうか、存在をすっかり忘れてたのよ」 「レディ・カラミティ、お怪我は?」  カタリナは軽快に肩をすくめる。 「大事ないね、物陰に隠れてたからさ。そこの坊やはどうだか知らないけれど」 「ヨーク兄さん、しっかり……!」  姉妹とジョシュアはヨークラインの元へ駆け寄ると、身体を仰向けにさせた。その口元にジョシュアが耳を寄せ、呼吸音を確かめる。 「大丈夫、気を失ってるだけだ」 「……うん、マナの流れも綺麗なものなのよ」  プリムローズも己の額をヨークラインの手の甲に当てて、状態を伝える。マーガレットは心から安堵の息を漏らした。 「そう、良かった。……あいつらの言う通りなら、呪いも消えてる筈だけれど、とにかくまずは家で容体を……」 「悠長にしている時間はないよ」  カタリナが腰に手を当てて、ぴしゃりと声を張る。 「『おままごとはお終い』だって、言っているだろう?」  この非常事態に持ち出す話題なのか。苛立ちを隠さず、マーガレットは吠えた。 「もういい加減にして! あたしたちはここを離れるつもりは……」 「四の五の言わない、ちゃっちゃと支度おし。――もうすぐ闇狩りが始まる」  鋭さを強めた言葉に、今度こそマーガレットたちは沈黙し、顔を見合わせる。 「闇狩り……?」  突如、聖堂の中央に大きな魔法陣が浮かび上がった。そこから二本のおさげ髪を揺らした少女が飛び出してきて、警戒を滲ませて辺りを見回す。 「ルナリアは行ったみたいね」 「あなた、双子魔導士の……」  マーガレットが呆気に取られている隙間もなく、マッジーは緊迫の表情で目配せする。 「来て。ここから逃げれば、足がつかないから」 「ほら、坊ちゃんとお嬢様方も早く早く」  魔法陣の中からタッジーもひょっこりと顔を出した。急かすように手招きされて、プリムローズは訝しげに睨む。 「一体全体どういうことなのよ」  ゴツン、と聖堂全体を震わす轟音が響いた。入り口の扉からだった。ゴツン、ゴツンと突き破るように衝撃音が続き、強硬的な度合が増していく。 「説明は後から詳しく。ひとまずとっととずらかっちまいましょ」  ヨークラインを陣の中へ運び込み、皆がその周りに寄り添うようにしている中、カタリナだけが入口の扉へと足を向ける。 「カタリナおばあさま、何を……」 「キャンベル領主の代行として、ちっとばかり話相手にならないとね。それじゃあ、タッジー、マッジー。ウチのこまっしゃくれたちをよろしく頼むよ」 「アイアイ、レディ・カラミティ!」  魔導士たちは敬礼で得意げに返した。すぐにマッジーが杖を真っ直ぐ天に向けて掲げる。 「『パスリセージ・ロズマリアンタイン、これは柔らかな革の鎌、夢幻泡影(むげんほうよう)現世(うつしよ)を君に』!」  魔法陣が目映い光に包まれて、虹色の光線が迸る。淡色のきらめきが四方八方に弾け飛ぶと、子供たちと魔導士の姿は掻き消えてしまった。  それとほぼ同時に扉が蹴破られ、複数人が俊敏な動きでカタリナの周りを取り囲んだ。黒づくめの輩が獣のように体勢を低くし、唸り声を上げる。 「――キャンベル領主、ヨークライン・ヴァン・キャンベルは何処だ」 「領主? そいつはあたしのことだよ。あのいけ好かない坊やは、今しがた家からほっぽり出したところさ」 「戯言を」  喉元に鋭利な刃物を突き付けられても、老女は涼しげな笑みを浮かべていくのみだ。 「嘘だと思うなら確かめてみるといいさ。――おままごとは、これでお終いにしたからね」
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