秋 the harvest hazard Ⅵ

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秋 the harvest hazard Ⅵ

 祭りの準備で忙しない大通りからの賑やかな喧噪が、店奥までひそやかに響いてくる。人気のない雑貨屋の、レジの傍の腰掛けで気を失う女主人をプリムローズは険しい眼差しで窺っていた。頬や首筋に手をそっと這わせた後、だらりと落ちた腕の片方を持ち上げる。女性の細くしなやかな手の甲に己の額を寄せて、体内のマナの流れを感じ取ろうとする。居眠りにしては顔色が死人のようで、傍に付き添うカウスリップが心配そうに投げかけた。 「呪い……なのでしょうか」 「ううん、呪いじゃあないの。マナの流れはめっちゃくちゃじゃないし、むしろキレイに動かされてる」  女性の手を下ろすと、プリムローズは不可解そうに首傾げる。 「……妙なチカラ。あんまり感じたことない類のものなのよ」 「魔力を意図的に導く作法なのだそうだ。言うなれば、『魔導』というものだな」  静かに明示したのはヨークラインだった。店先から大股で入って来ると、女主人の容態を見ようとその傍らにしゃがむ。プリムローズから様子を報告され、やはりそうかと確信を得る。 「マナの流れる方向をコントロールする技だ。規則的で、ロジックに伴う」 「ふうん? ……つまりはお行儀がいいのね?」 「どちらかと言うと、マーガレットの方が詳しく分析出来るだろうな」 「そっか。ねえちゃまも呼んできた方がいいみたいね」  さすがに範疇外だと、幼い少女は眉を寄せて頷いた。 「その前に彼女を起こしてくれるか。アレで、軽くショックを与えるだけでいい」 「ん、心得たのよ」  何処か苦々しく顔をしかめるプリムローズは、巾着袋から解呪符(ソーサラーコード)を取り出して女主人に向けて唱える。 「其は女王の恋を醒ます女神の聖草――エンコード:『ダイアンズ・バッド』!」 「……ッ」  女主人は目をカッと見開いて、飛び跳ねんばかりに身を起こした。そして表情を困惑に歪め、口の中身を吐き出すようにして何度も咳をする。 「えほっ、けほっ……、に、苦……ッ?」 「ごめんね、マダム。これは気付け薬みたいなものだから」  体内に害は及ぼさないが、正気を取り戻す誰もがあまりの苦さにのたうち回る。プリムローズも過去に服用したことがあるが、二度と使われるものかと密かに決意しているものの一つだ。  申し訳なさそうで、けれど慮るひたむきな紅玉の眼差しを注がれて、女主人は神妙に頭を下げる。 「プリムローズお嬢様……いえ、助かりました。ご迷惑をおかけしたようで申し訳ありません」 「何があった、マダム。リーン=リリーとウィリアムがここに入っていくのを見かけたと大通りの皆から聞いたんだが、その後の彼女たちの行方が知れない」  ヨークラインが厳しくも落ち着いた声音で尋ねると、顔を上げた女主人は縋るように青年の前身頃を掴む。 「ああ――領主様、一大事です。リーンお嬢様とウィル坊やに、危険が迫っております」 「危険だと……?」  女主人は悔しそうにしながら状況を思い返す。 「中年の男と、小柄な娘の二人組です。親子のような風情ですが……娘の方が妙な力をふるって……きっと心を操る術ですわ。何故だか、リーンお嬢様の人となりを探っておりまして……多少口を滑らせてしまいましたわ」  ヨークラインは盛大にため息をつくと、ついぼやくように吐き捨てる。 「やはりあいつらか。……相の変わらずやることなすこと素っ頓狂だな」 「にいちゃまのお知り合い?」 「十中八九、そのようだ。しかし何でまたリーン=リリーを……? 何を狙っている?」  不意にカウスリップが背筋をピッと伸ばし、素早く身を翻した。店先から天を仰ぎ、吸い込まれそうな澄んだ蒼へと何度も瞬きを繰り返している。その様子を、後から続いたプリムローズが不思議そうに見やった。 「カウス君? どうしたの?」 「いえ……兵鳥(バード)の警笛音が聴こえた気がして……」  カウスリップも己の反応に戸惑いながら口返した。綿毛のようなうろこ雲の浮かぶ穏やかな秋晴れに目を凝らしつつ、ひっそりと呟く。 「何かあったのですか、隊長……?」
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