秋 the harvest hazard Ⅶ

1/3
前へ
/142ページ
次へ

秋 the harvest hazard Ⅶ

 マッジーが外套で設えた傘を用いて空を渡っていると、真正面から隼のごとくの素早さで迫ってくるものがある。 「……鳥ッ!?」 「似て非なるモノだなッ」  怯んだ少女の真横を、ピックスが颯爽と素通りしていった。その際に風で煽られ、幼い身体が大きく左右にぶれる。 「ぶみゃッ!」  それでも何とか体勢を整え、光の柱へ向かう黒い翼を睨み付ける。 「こんちくしょうが、行かせないんだからッ!」  杖に絡まる小枝の葉を複数枚千切ると、天へと放った。鮮やかな緑のそれらが明滅しながら重圧感ある弾丸へと姿を変える。黒い翼へと目を眇めたマッジーは、示すようにして人差し指を思い切り振り下ろした。 「()――――ッ‼︎」  掛け声とほぼ同時に、ピックス目がけて閃光が飛び出した。魔女の殺気を感じ、すぐさま身体を捻って方向転換をかける。が、弾丸の群れは背後にぴったり付き纏って追撃を止めない。雲煙を撒き散らして雨飛する最中で、上昇、下降、旋回を繰り返し、羽ばたきの軌跡に倣って円弧する殲滅弾を振り切ってみせる。こめかみを痙攣させるピックスは、一層翼をはためかせてマッジーとの距離を瞬時に詰めた。 「テメーとじゃれてるヒマはねえっつのッ!」  投げ打った小刀が、落下傘を突き破った。途端に傘がしぼみ、強風が少女の身体を弄って巻き上げる。 「むぎゃあああああッ!?」  小さな身体が高速回転しながら地上へ落下していく。ピックスははんと鼻で笑って高慢に見下ろした。 「ま、これぐらいの仕返しはさせてもらうぜ」  しぼんだ外套を放り出し、マッジーは落ちゆくままに持ち直した杖を軽く振る。下方から突風が吹き荒れて、落下の速度を弱めていく。 「この鳥もどきが、ご挨拶ねッ! 待ちなさいッ!」  杖を若者目がけて振ろうとするが、紅い閃光がマッジーの頬を掠める。 「ッ、今度は何処からッ……!?」 「クッカ、三時の方向に五度修正だッ」 「ほいよ、坊」  後ろに振り返るマッジーが弓を構えるクッカの姿を目に留めた。瞬間、首筋に何かを撃たれて刺すような痛みが迸る。 「……ッ!」  発動させた逆風でふわりと着地し、何とか衝突は免れる。だが、足元の感覚が覚束ない。痺れの走る身体は思うように力が入らなく、上手く動かせない。 「これは……妖精の一射(フェアリー・ストローク)!? 何なの、お前たち……ッ!」  リーンの隣に並び立つ幼い少年を、マッジーは驚愕の表情で向き直る。三匹の妖精(プーカ)に囲まれた子供は、仁王立ちの構えでマッジーをねめつけた。 「頭が高いぞ魔女っ子ッ、このフラウベリーを荒らす不届き者は村長たるこの僕、ウィリアム・バーフォードが許さないッ!」  高らかに言い放つ少年の頭からつま先までじっくり視線を下ろすマッジーは、憤然とした形相の口の端を小愉快そうに上げた。 「……そうか、お前、幻透視(セカンドサイト)を持っているのね」  今ではすっかり珍しくなってしまった素質だが、人には見えにくいものでも見えやすくなるのが主な能力だ。見えざる者の一つである素敵なお隣さん――妖精(プーカ)がより近しい存在となる。この少年のように、彼らから加護を受ける場合もある。  マッジーは杖に巻き付く薬草の葉を一枚千切り、口に放り込む。咀嚼して飲み込めば、すぐさま身体の痺れは抜け落ちた。林の開かれた辺りに目配せし、見当たらない人間を危惧して低い声で問う。 「あいつは……? ルナリアは、何処に行ったの」  ウィリアムを庇うように、リーンが前に進み出た。 「その、……逃げました」 「うむ、チャンバラごっこは腹だけで充分だと臆病風吹かせてなッ!」 「は、逃げるぅ? アハハハッ、相変わらず人でなしなのね。ジャリん子と日和っこちゃんを差し置いて一人さっさとスタコラとは、ヘソで茶が湧くわ」 「はい。……なので、私たちがあなたの相手をします!」  リーンは震える唇を何とか引き締め、手に握り締めていた解呪符(ソーサラーコード)をマッジーに向ける。  僅かにきょとんと瞬きするマッジーは、みるみる内に瑠璃の瞳を爛々と輝かせていく。手の内で杖を軽快に回してから、少女に突き付けた。 「……日和っこちゃんのくせに好い度胸ッ! その喧嘩、言い値で買ったわッ!」
/142ページ

最初のコメントを投稿しよう!

81人が本棚に入れています
本棚に追加