秋 the harvest hazard Ⅷ

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*  野原に鎮座する平石に腰掛けながら、拘束されるタッジーは白状を始める。 「ガーランドの嬢ちゃんへのちょっかいは、あくまでオマケですよ。マッジーがマジになってるだけ。オレの気の迷いも、魔導趣味が高じただけのちょっとした好奇心っていうか……」 「じゃあお前の目的は何なの」  少しでも下手な真似をすれば即刻討つと言わんばかりに、プリムローズは解呪符(ソーサラーコード)を己の手の平にペシペシと一定のリズムで打ち、見せつけるようにしている。  タッジーは怖い怖いと苦笑いして首をすくめた。 「ヨーク坊ちゃん宛の、キャンベル伯爵からの言付けを預かってきてるんでさあ」 「じじさまの……!?」  プリムローズの紅玉の瞳が一層大きく見開く。 「伯爵は、今のオレたちのパトロンなんだよね。まあお互いケチケチだから飯のタネ程度が精々だけれど」 「にいちゃまの昔を知っていて、じじさまが支援者。……じゃあお前は何故、あたしたちキャンベルに楯突いたの。嬢ちゃまを狙ったのは、一体何処からの私情なの」 「そいつはねえ……っと、おーおー、こりゃまた荒れ狂ってるねえ」  タッジーは風に煽られる方向を見上げた。草原の果てに炎が舞い踊り、黒煙が濛々と立ち昇っていく。暮れる空の茜色すら塗り潰し掻き消していく有様に、半ば呆れたように苦笑を滲ませていく。だが、やがて横目で不敵に微笑みかけてきた。 「仕える者にこの上ない栄誉を与える筈のガーランド家は、クラム家の疫病神に成り果てた。それが古きよりクラム家に忠義を尽くす、ベイリーフの双子魔導士の見解なんでね」 「そんな決め顔したってうすら寒いだけなのよ、このくたびれハゲ茶瓶。あたしたちの秘技を掻っ払っておいて、盗っ人猛々しいにも程があるのよ」  プリムローズは一層冷めた眼差しで、タッジーの頬を紙札でひたひたとはたく。男は表情を歪ませ首を逸らした。 「おっかないものをチラつかせないでおくれよお。っていうか、いきなりバグったのは一体どゆことなのよ。オレが言うのもなんだけど、おたくんとこの開発品、ホントに世に出して大丈夫?」 「匿名方式(アノニマスモード)だからよ。三回使ったら、個人方式(ユーザモード)に書き換えないと効果は望めないの」  聞き覚えある麗しい声がタッジーの鼓膜を慄然と振るわせた。気品ある足運びの聞こえる方へ、恐る恐ると首を回す。 「こ、これはこれは……マーガレット・キャンベルお嬢様……」  タッジーは引きつった笑みでマーガレットを仰ぎ見た。少女は柔らかな毛織物のショールに包まれた両腕を組み直し、愛想の良い優美な微笑みを湛えて佇んでいる。 「こういう悪徳業者が立ちどころに湧いて出てくるのは想定内よ。乱用防止対策は徹底しておかなければね」 「いやはや、そのう、さすがはお嬢様……実に才気煥発(さいきかんぱつ)でいらっしゃる……」 「ああ、そうそう。これからも手を替え品を替え、偽造品を作るのはあなたたちの勝手自由だけれど」  取り繕うような笑みを浮かべるタッジーに見せつけるよう、マーガレットが懐から取り出したのは革紐の首飾りだ。末端に括られているのは、二本の羽が斜めに交差する模様の刻まれた金印である。タッジーの赤黒い眼が、恐怖と驚愕で見開かれる。 「そっ、その印章は……まままままさか」  マーガレットは更に目元を柔め、女神さながらの目映く輝く絢爛の笑みを手向ける。 「天空都市の特別許可局の承認が降りたの。これをもって、我がキャンベルの解呪符(ソーサラーコード)は、天下の天空都市が認める解呪具として周知されるわ。それを(いたずら)に勝手気ままに模造してご覧なさいな。尻の毛まで抜かれる程度で済んだなら、幸運でしょうね?」  親指で喉元を掻き切るような仕草をする姉に、「ねえちゃま、こわあい」と妹がきゃらきゃら笑う。  片田舎の伯領といえど、油断は何一つしてはならないのがあのキャンベル家である。旅商人たちの間で伝わる噂が真実であったと悟ったタッジーは、がっくりと肩を下ろして白旗を上げるのであった。
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