秋 the harvest hazard Ⅸ

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秋 the harvest hazard Ⅸ

 寒々しく吹き荒ぶ強風に煽られ、湿気をたっぷり含んだ草原に構わず膝をついて、青年は主の足元に粛々と首を垂れている。背丈の高さを忘れそうな程に地に張り付くその有様を、少女は呆然と見下ろしていた。 「顔を上げて、ヨッカ。……私は、そんなことしてもらえる人間じゃあ、」  言い切ろうとして、途端ハッと口を噤む。彼の胸には呪いがある。ガーランド家から感染(うつ)された林檎姫(メーラ)の呪いが。それがある限り、ヨークラインはガーランドに仕える一族として振る舞わなければならない。ヨークラインをこんな有様にして苛んでいるのは、呪い自体ではなく、ガーランド家なのだ。  けれどリーンは傅かれることを望まなかった。自分も背を屈めて、ヨークラインの顔を覗き込もうとする。 「お願いだから顔を上げて。ヨッカと、きちんと話がしたいから」  ヨークラインはやっと顔を上向かせた。黒曜石の無機質な眼差しが、感情を灯すことなく少女を映している。 「どうして、今まで黙っていたの。私のお母さんから、ガーランドからもたらされた呪いだと……どうして話してくれなかったの」 「我が主にはお知らせする必要のないものと、判じた故にでございます」  リーンは悲痛に眉を寄せる。 「その言葉遣いもやめて。ヨッカじゃないみたいで、困るわ」 「なりません。従僕と打ち明けるからには、その弁えは欠かせぬもの。代々のガーランドに傅く身の上であることを、我が主にはご理解いただきたく……」 「嫌よ! お願いだから……ちゃんと、今まで通りに話して」  潤みを帯び始めた声できつく咎められ、ヨークラインは渋い顔で沈黙する。リーンは歯痒く更に言い募る。 「どうして私に必要のないことだと思ったの。ガーランドの姫として扱うのなら、私にかかわることであるなら、隠さず全てを伝えてほしかったわ。お母さんとヨッカの間で締め括らないでほしかったわ。蔑ろになんか、されたくなかったわ」 「蔑ろにしたつもりなどないッ」  ヨークラインは咄嗟に鋭く言い返した。一呼吸間を置いて、やがて諦めたように小さく息を吐いた。 「……正直に、真実を伝えたところで何になる。結果は最初から自ずと見えている。だから何も言わなかった。黙ったままなのが最適なのだと判断した」  少女の白い柔肌を侵す落涙の痕を、痛々しそうに見上げる。だから言いたくなかったのだと、声音が哀感に塗れていく。 「でなければ、どうしたところで泣くだろう……君は……」 「……ッ」  リーンは寄せた眉を更に悲しく歪め、唇を引き結んだ。そして、恥じらうように顔を伏せる。 「……私がいつまでも泣き虫で弱虫の姫だから、そうするのね。そうするしか、なかったのね。……ごめんなさい、至らなくて」  湿る草原に、またひとつ小さな雫が落とされる。かすかな声が冷たい突風の最中に溶け込んでいく。ただ一言、ごめんなさい、と。
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