秋 the harvest hazard Ⅸ

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*  キノコのポタージュ、カボチャとサーモンのホワイトソースグラタン、ローストチキン、デザートには洋梨のタルト。小さめのローテーブルには隙間なく料理が並んでいた。座り心地の良いソファに座りながら、小柄な少女と中年の男は我先にと皿を掴んで中身を大口で頬張る。 「あ~~ん、五臓六腑に染み渡るぅ~~」 「久々のNOT自炊メシ! 人様の手の込んだ料理はヤババのヤバだわ~~」  『まずは存分に食べさせろ』。懐柔の仕方を心得ているヨークラインの指示通り、双子魔導士には沢山の食事が与えらえていた。キャンベル家のリビングにて、無我夢中で貪る二人に呆れた眼差しを向けるのは、同室のダイニングテーブルで夕餉をとるキャンベル家――主に妹がため息さえ漏らした。 「盗っ人猛々しいのに食事もがっつくとか、神経太っちょにも程があるのよ」 「でも作り甲斐があっていいよね。お代わりも沢山あるから言っておくれ」  ジョシュアのいつもののんびりした博愛対応に、魔導士たちは歓声を上げた。口滑らせるには丁度良いと、マーガレットも敢えて止めはしない。カウスリップはピックスの言われるまま宿へ向かってしまったので、慎む必要もなかった。 「それで、あなたたちはヨーク兄さんに仕えていると聞いたけど、随分長く?」  タッジーはチキンに齧り付きながら、飄々と肩を揺らす。 「まあね。歴代のクラム家の脛をかじって生きてきたヘボヘボ魔法使いだよ。クラム家は、魔力を動力に置き換える技術屋の面もあったからね。オレの魔導研究と近しいし、仕える代わりにそのおこぼれを頂戴していたのさ」 「エンコード……解呪符(ソーサラーコード)源泉機構(ソースコード)となる技術ね」  マーガレットが興味深そうに返せば、タッジーは話が分かると思ったのか身を乗り出す。 「ま、それも元々は王家の血を引く由縁で為せるワザ。万人には扱えぬ秘技として、クラム家もそれなりに栄えていた訳なんだけど。……そのご威光も諸行無常なんだよねえ」 「王家の衰退が原因ってことなのかしら……? そこが解せないのよね。王家に連なるイイとこのお家なら、領地もそれなりに大きいし、容易く没落には追い込まれない筈だけれど……」  マーガレットの首傾げる様子に、マッジーが面白くなさそうに口を尖らせた。 「勿論、クラム家は簡単には落ちぶれなかったわ。……だけど、時の経過には弱いわね」  タッジーも同意するように、皮肉気に口元を曲げる。 「王家が崩壊した途端に、外界から狙われるのは、その庇護から外れた王家に連なる一族。直系も傍系も区別なんてしやしませんよ。悪漢も、好い人ヅラした街の権力者共も――それと分からぬ手口で、王家から賜った宝やら領地やらをまんまと強奪。旨味強きと思しきモンは全てしゃぶられ、貪り尽くされました。十年二十年、三十年と時を経る程に、遠慮はなくなっていって……酷いもんでしたねえ、ありゃあ」 「じゃあ、私の家も……?」  リーンが静かに問えば、マッジーはタルトの一切れを口に放り込んで、頷く。 「そうよ。神の花嫁(エル・フルール)と神聖視されていたガーランド家も、とうとう旨い蜜を求めて狙われたわ。でも、当主と生まれたばかりの一人娘は命辛々逃げ出して、何処かへ隠匿。クラム家にも、その行方を知らせずにね」 「え……?」 「王家傍系一族のクラム家も当然狙われていたから、表立った結束はお互いを潰すと思ったのでしょうね。交流は秘密裏に、極力控えめにと限られていたの。命を受けて馳せ参じるのは、当主とその一族の跡取りの身に、何かあった時だけ」 「お互いを潰す、ね。守護者(ガーディアン)として仕える身分なのに、随分と扱いが平等というか、甘っちょろいのね」  マーガレットが皮肉めいて横槍を入れると、マッジーはムッと顔をしかめた。 「そもそも、守護者(ガーディアン)という役目はほとんど形骸化していたのよ。実質の警固はガーランド領内の民でも事足りる。それに、ガーランドにもクラムにもそれぞれ伴侶がいたし、お互いを形式的に縛る関係は不適切だと、両当主の間で意見は一致していた。クラム家には他にも生業があったし、正直言うと守護者(ガーディアン)という役割は、一族にとって目の上のたんこぶだった。――けれど、それをまた縒り戻したのが、林檎姫(メーラ)の呪いよ」 「私のお母さんが……ヨッカに与えてしまったもの……」  リーンが俯き、声を気弱に落とす。隣でその様子に気を揉むプリムローズが、半目でマッジーを睨んだ。 「でも、どうして? ご主人様に命令されたからって、あの居丈高なにいちゃまが合点承知って、大人しく受け入れるとは思えないのよ。嬢ちゃまのママとにいちゃまのパパの間でも、形ばかりの繋がりはもうなしなしって決めてたんでしょ? にいちゃまの身体を差し出すってマネは、その約束を破ることになるのよ」 「林檎姫(メーラ)の呪いは保呪者(キャリア)の命を削る代わりに、神の如くの力を約束するわ」  マッジーはため息混じりに肩をすくめる。 「ヨークちゃん……あの子は三男坊でね、当時のクラム家の中ではパッとしない子だったの。というか、兄上様たちや伯父上様たちが出来すぎっていうかね、ヨークちゃんだって能力の質は悪くないのよ。特出したものがなかったというだけで。……まあ、そういうところがアタシの世話焼き心をくすぐるっていうかねえ」 「あることないこと知った風で口を叩くな、愚か者」  外からようやく帰ってきたヨークラインが姿を現し、苦り切った表情をマッジーに向ける。 「憐憫まみれの幼子扱いはやめろ。お前お得意の、悲劇の主人公にでも仕立て上げるつもりか」  マッジーはソファの背もたれから身を起こし、膨れっ面になりながら前のめりになる。 「ヨークちゃんはカッコつけすぎなのよう。アタシが語るのは虚構じゃなくて事実よ。物語にするなら、超絶イケメンのスーパーダーリンに描いてあげるけれど。あ、今度新作出すんだけど、読んで感想聞かせてもらえる?」  そう言って揚々と懐から一冊の文庫本を取り出す。ローテーブルに置かれたそれを、離れた席のジョシュアが遠くより目に捉え、思わずわあと歓声を上げた。 「もしかして、そのペンネームは月魔女シリーズの? 良かったらサイン貰えないかな」 「あらまあいいわよ。意外と読者が近くにいるものね」  マッジーから二つ返事で頷かれ、嬉しそうに書棚を物色するジョシュアをマーガレットが少し面白くなさそうに見やった。マッジーに向けてついぼやく。 「魔女という割に、副業に随分精を出していらっしゃること」 「これでも長生きしているから、あることないこと語って日銭を稼いでいるワケなのよ。油断すると、コ・イ・ツ・が、す・ぐ・に、溶かしちゃうけど」  マッジーが忌々しそうに隣のタッジーを力強く指差す。だが悪びれもなく、他人事のように男はケタケタと笑った。 「そうそう、魔導研究にも力が入っちゃうもんだよね。何せ生きすぎてヒマなもんで」 「ともかく、こいつらは大ぼら吹きでお調子者な奴らだ。あんまり話を鵜呑みにするなよ」  ヨークラインのため息混じりな忠言を、マーガレットは含んだ微笑みで返す。 「けれど、エマ=リリー大公が与えた力――林檎姫(メーラ)の呪いを引き換えに、守護者(ガーディアン)の盟約が再び為されたのは事実なんでしょ。リーンを日頃過保護に扱うのって、そこから来てるのね?」  それにはヨークラインは答えず、片手を腰にやって魔導士の二人に向き直った。 「それで、何故お前たちは、今更になってここへ来た。実質、クラム家は取り潰されて再興の見込みもない。お前たちに与えてやれるものなど、今の俺にはない。大人しく他の脛かじりに精を出していれば良かろう」  タッジーは苦笑の表情で、己の不精髭を触った。 「んまあ、その脛かじり先が、今の坊ちゃんの祖父君――キャンベル伯爵なワケでして」 「何、伯爵が……?」 「……お祖父様が……」  ヨークラインは訝しげに眉をひそめ、マーガレットも幾分身体を強張らせて言葉をゆっくり繰り返す。 「伯爵から伝言を預かったのよ。それを伝えるために、ここへ来たわ」  マッジーはソファに座った体勢で首を伸ばし、キャンベル家の全員を見渡す。 「キャンベル家に暮らす全ての者たちへ――『おままごとは、そろそろお終いにしなさい』ですって」
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