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秋 the halcyon harvest Ⅰ
暖められた室内が、シンと冷たい沈黙に包まれる。色味をなくし、強張った複数の視線がマッジーに集められていた。リーンだけが何も把握出来ずに、目を瞬かせながらただ小さく呟く。
「おままごとは、お終い……?」
「……何よ、いきなり。ちっとも意味分かんないのよ」
いきり立って椅子に乗り上がったプリムローズがぴしゃりと言う。
「いくらじじさまの言うことでも、それだけは絶対に聞かないから!」
マッジーが幾分肩を縮こまらせた。
「あ、アタシに言われてもねえ。本当に伝言を預かっただけなのよう。これはホントにホントのマジなのよ?」
弁明するように唇を尖らせる様からして、プリムローズの癇癪は余程恐ろしいらしい。
ヨークラインも鋭い視線で投げかける。
「それ以外の伝言は?」
タッジーも出すものは全て出したと言わんばかりに両手を上げる。
「ないですな。ホントに、それっぽっちです」
「何か事情でもあるのか……? 伯爵と話がしたい。連絡は取れるのか」
畳みかけられて、マッジーも純粋に困り顔となる。
「うーん、どうかしらねえ……。今度は南の方へ遠征と洒落込みたい、そんなことは言ってたけれど」
ヨークラインとジョシュアは同時に頭を抱えてため息をつく。
「性懲りもなく、訳の分からん物見遊山か……」
「忙しいお人だね、お変わりなく」
だが、もう振り切ったのかヨークラインは明朗に告げた。
「ならば手紙で構わん。『断る』と、そう伝えてくれ」
「へい、承知いたしました。確かにお伝えしやしたし、伝言も賜りましたよっと」
そして魔導士の二人はご馳走様でしたと頭を下げてから、ソファから腰を上げた。
「言いたいことは伝えたし、美味いもんもたらふく食べたし、とっととずらかりますよ。明日の祭り用に、出店の準備もせにゃならんですしね」
「村長に許可は得ているんだろうな?」
ヨークラインから睨まれるが、タッジーはにっこり歯を見せて笑った。
「ただの行商人として、滞りなく。時間があれば見に来てくだせえ。面白い余興もやりますんで」
「じゃあね、ヨークちゃん! また明日!」
その場に魔法陣が浮かび上がり、中へと飛び込んだ二人は淡い光と共に掻き消える。
嵐の過ぎ去った後の脱力感にも似た心地のまま、ふとマーガレットが疑問をぶつけた。
「結局あいつらって……物語通りに双子なの?」
「知らん」
「知らんじゃないのよ。にいちゃまの元下僕でしょ」
投げやりにも聞こえる言葉にプリムローズが即座に反発したが、ヨークラインも渋い表情だ。
「……俺の幼少期から変わりなくあの姿だし、先代、先々代クラム家当主もあの姿しか知らんらしいからな。魔法使いなのは確かなようだが」
姉妹は苦々しい表情で薄ら笑いを浮かべた。
「……そもそもおっさんと幼女の双子って存在自体が、バグってるのよ」
「魔術師やスノーレット女史然り、不老でレトロでレアな人種の遭遇率が高過ぎだわね……」
*
天高い街の、白い籠の中に住まう少年はワクワクとした面持ちで食卓に置かれた陶器の蓋を開ける。そこから柔らかな湯気がふんわり立ち昇り、キノコやジャガイモ、カリフラワー、鶏肉の入ったミルクスープが姿を現した。
「わあ、美味しそう!」
顔いっぱいに輝くような笑みを綻ばせて感激の声を上げると、傍らに控えるホスティアが菫色の目を優しく細める。
「火傷には充分お気を付けください。ゆっくりで構いませんから、沢山召し上がってくださいね」
「うん、いただきます!」
少年は木匙に目一杯スープを掬うと、大口で頬張ろうとする。けれど、「あちっ」と慌てて舌を出し、たちまち涙目になっていく。
「……ホスティア、舌がひりひりする……」
「ああもう、申し上げた傍から」
慌ててピッチャーからグラスに水を注ぎ、少年に与えていく。世話焼きに甲斐甲斐しい若者と、無邪気な少年の穏やかな夕餉を魔術師は近くのソファに座って微笑ましく眺めていたが、やがて視線を庭園へ続く硝子戸に向ける。その外側では、ピックスが一人背もたれて夜空を見上げていた。口には紅ハッカの根を咥えて、徒に噛み潰している。腰を上げた魔術師も、その隣で星空を見上げた。雲は一片もなく、月も姿を見せない宵闇の中、慎み深い濃紺には数多の砂金のきらめきが絢爛に散らばっている。
「星でも見上げて、願い事?」
揶揄うように投げかけられるが、ピックスは片眉を僅かに跳ね上げるだけする。
「……ちっと考え事してただけだ。先だっての、夕暮れでの会話を噛み砕いてるんだよ」
そう言いながら、ほのかに赤い根を奥歯で磨り潰すように噛み締める。
「キャンベルは呪われていると、お嬢は言った。自分のせいで――ガーランド家の因縁でだと。だが、あの野郎の身には神の如くの力が秘められている。その正体が、王家に連なる一族から奪った力だってんなら、色々と納得がいく」
魔術師へ横目を流し、淡々と続ける。
「夏の騒動ではテメーの聖呪を凌ぎ、解呪をしてみせたあの馬鹿みてえな威力……。林檎姫の呪いの保呪者だってんなら納得するしかねえだろ。テメーが目星つけてるってのは、……あいつの身体なんだな」
「流石、相変わらず頭の回転が速いね」
魔術師は肩を揺らし、深々とした笑みを広げていく。
「そう。金の林檎は、あのキャンベルの若様の土壌から生る。後はどう実らせて捥ぎ取るかなんだけど」
しかめ面のピックスは、硝子戸の内側の温かな室内へ向けた。少年が、スプーンに一生懸命息を吹きかけて熱いスープを何とか飲もうとしている。
「お嬢を……白百合を悲しませる真似はすんなよ。アイツもそれは望んじゃいねえ」
魔術師はケタケタと愉快そうに笑った。
「自由気ままな鳥である筈の君も、何だか守護者のような口振りだね。雪のお嬢さんに、よっぽどの忠義か恩義でも感じているのかな」
「は、クッソうぜえ野次馬根性野郎だな」
好奇心旺盛な眼差しをピックスは迷惑そうに手でしっしと払い、不遜に見下ろす。
「恩だとか、そういう区域はとっくに超えてんだよ」
ぶっきらぼうに言い返し、気を紛らわすように新たなハッカ根を一本口に咥えた。やがて、静かに目を伏せて神妙な声色を落としていく。
「……二度と後悔はしたくない。ただそんだけのこった」
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