秋 the halcyon harvest Ⅱ

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秋 the halcyon harvest Ⅱ

 ヨークラインからではなかったが、突然ダンスを申し込まれてリーンはきょとんと目を瞬かせる。すぐにマーガレットがその場から立ち上がってねめつけた。 「ちょっと、あんたもしかして……マジでリーンのこと? 駄目よ、絶対あたしは認めないから」  片眉を吊り上げる少女をピックスは不遜に見返す。 「勘違いすんなよ。俺の性癖は変わらずプリムローズちゃんだから安心しろ」 「ちっとも安心しないのよ、このへぼ屑箱のド変態」  幼い少女の獰猛にぎらつかせる瞳を横目に、ピックスは残念そうに肩をすくめてみせる。 「ま、意中のカワイ子ちゃんがこんな様子だからよ。フラれて寂しくしてる俺を憐れんでくれるんだったら、一曲付き合ってくれねえか」 「ピックスさん……」  ダンスを羨ましそうにしていた自分のために申し出てくれているのだと気付いた少女が、頷かない訳がなかった。 「……ありがとうございます。私で良ければお付き合いします」  二人は手を取ると、細かく火花の弾ける焚火の広場に一組の男女として溶け込んでいく。  その後ろ姿を、プリムローズが怪訝そうに睨んでいた。 「……なんか、あたしの方がダシに使われた気がするのよ」 「そう? まあ毎度の危ないシュミから逃れられて良かったじゃない。……っと、一本空けちゃったわね」  マーガレットはシードルの空き瓶を隅にやり、もう一本見繕ってこようと席から立ち上がろうとする。だがその前に、テーブルに新たな一本が置かれた。  人の好い笑みを浮かべた、こざっぱりとした印象の青年がマーガレットに微笑みかける。 「こんばんは、ミス・キャンベル。今宵は楽しんでいらっしゃいますか」 「あら……あなたは、兄さんのご友人のエルダーさんだったかしら?」 「ええ、覚えていてくださり光栄です。ヨークから招かれたのですが、やっと都合がつきまして。今宵だけですが祭りに参加させてもらおうかと」 「いつも兄がお世話になってますわ。よろしければ、お隣いかが?」  マーガレットが外向きの目映い笑みを浮かべ、ピックスの座っていた席を示す。エルダーは照れくさそうにしながらも喜色満面になった。 「光栄です! では失礼して……」  言われるまま、エルダーは自分の発泡酒(エール)を片手に席に着いた。元より鎮座していたピックスの飲んでいたエールとは別の銘柄だった。妙に引っかかったマーガレットは、その隅にやられた酒瓶に鼻先を近付ける。酒独特の臭みを全く感じられない。恐らくただのジンジャーエールだ。 「……もしかして、あいつって下戸?」  マーガレットの独り言のような問いかけに、エルダーはあっけらかんと頷く。 「ええ、本人の口から聞いたことはありませんが、恐らくは。酒の席は何だかんだと良く抜け出してますし、兵鳥(バード)たちの打ち上げでも『上の目があると盛り上がらないだろう』ってさっさと消えますしね」 「ふ、思わぬ弱点見つけたりね」  マーガレットは上品を取り繕いつつ、したり顔を浮かべる。  エルダーもエールを一口飲み、何処か懐かしそうに賑わいを眺めている。 「本当に、素敵な祭りだ。僕の故郷の村を思い出しますよ」 「エルダーさんのお生まれはどちらなのかしら」 「クーム村です。御存知ではないでしょう、辺境にある鄙びた村ですから。村人全員が、クームと言う苗字で困らない程度には」 「あら、けれど以前お伺いしたお名前は確か……、エルダー・C・ベネディクトと」  記憶違いだったかとマーガレットは眉をひそめれば、エルダーは間違いではないと穏やかに首を振る。 「ええ、ですから、『C』がCombe(クーム)にあたります。『ベネディクト』は、天空都市から授かった洗礼名ですね。兵鳥(バード)になった時に与えられたものです」 「洗礼名……そんなものを……」 「天空の誉れ高き街の民として受け入れんとする、都市の懇情深き計らいですね。あそこは身寄りを失くした孤児も沢山いますし、ピックスも、ホスティアも確かその筈ですよ」 「え……」  初耳の事実を聞いてしまい、マーガレットはとうとう口をぽかんと開けた。 「故あって親の手から離れざるを得なかった子供たちは、全て神の子。天なる御許で暮らすのなら、それ相応の慈悲なる名が付けられるのです」 「だから、聖体器(ピックス)……」 「入れ物は入れ物でも、ゴミ屑箱だってのよ」  プリムローズが侮蔑を込めて言葉を挟んだ。  マーガレットは、今一度ピックスに視線を定めた。足取りの覚束ないリーンの手を取りながら、ゆっくりとしたステップを踏んで楽しそうに踊っている。 「……ふうん、あいつもなんだかんだと苦労してるのね」 「ですがキャンベルの花の君と踊れる奴は幸運ですよ。……その、マーガレット嬢。よろしければ、僕にもその幸運を分け与えてくださいますでしょうか?」  もじもじと指を絡ませながらエルダーが伺うと、マーガレットは再びにっこりと麗しい微笑みを浮かべた。 「ごめんなさい。先程、硬い箱に足をぶつけて痛めてしまいまして。またのご機会に」 「……無念です」  がっくり肩を落とすエルダーを見ながら、プリムローズは半目できゃらきゃらと笑った。 「ねえちゃま、運動神経さっぱりんこだもんね」
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