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少し、人と話すことに抵抗がなくなった。それはたぶん、今まで久遠と話していたことが大きな要因で、『久遠と話していたから』みたいな好奇心とか、そういう類から声を掛けられるのだと思う。
前髪を切ったことで他者との垣根を上手く作れなくて、まだどきまぎする。それでも、少しずつ、人の目を見られるようになった。
のに。
他の人間と交流が増えたことで久遠本人とは必然的に会話が減り、必然的に行動を共にしなくなってきた。
第一に。
こんな劣情を抱えたままで、どう久遠に接したらいいか判らない。
別に、初めから一人だったわけだし。屋上に足を踏み入れる前と何も変わらない。一人に戻った。それだけ。
「たかられなくなっただけ、儲けもの」
もう一つ得た、広い視界で屋上から下界を見下ろした。
ほんの少し前まで、本気でここから飛ぶつもりでいたんだから人間、何がきっかけでどう変わるかなんて判らない。
判らないけれど。
胸にぽっかり穴が空いたみたいな。しかもその穴が凄く深くて、冷たい空気を孕んでいたりして。
苦しい。
初めに戻っただけなのに。
屋上で一人食べる昼食がやたら味気なく感じる。久遠を誘えばいい。そう思うたびに
「友達なんかじゃない」
が、頭に浮上して来て、俺から声を掛けるのも、ちょっとって気分になる。
久遠は、どういう気持ちで命をくれとか言ったんだろう。
どういう気持ちで俺の言葉を聞いたんだろう。考えたって答えはでない。俺は久遠じゃないんだから当たり前だ。
当たり前だけど。
「さ、えき、先輩」
屋上の入口小さな声が俺を呼ぶ。
「なに?」
振り返れば下級生らしい男子学生が怖ず怖ずと俺を伺っていた。
「これ、藤堂先輩からです」
男子学生は爆弾でも押し付けるかのように、紙切れを俺に押し付け、走って逃げた。
『風紀委員を辱められたくなければ、旧館書庫に来い』
どいつもこいつも男の癖にお手紙好きでムカつく。しかも旧館書庫ってどこだ。
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