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5月3日午後7時前、僕は足音を静かに響かせながら自分のクラスへ続く階段を登っていた。教室に忘れ物をしたからだ。
ぺトリコールの香りがする。先程まで降っていた雨が嘘だったかのように空は晴れ渡り、踊り場は窓から差し込む夕陽で茜色に染まっていた。
階段を登りきると目の前に自分のクラスがある。
ガラガラッ
静かに開けたつもりだったが、古びた木製の扉は大きな音を立てた。
「誰もいない。」
当たり前だ。今日はテスト期間中で、生徒は皆午後4時には下校する。
静かに自分の机に近づいて机の引き出しに手を入れた。
…何も入っていない。手に触れるはずだった1冊のノートはそこには無く、ただ手のひらに鉄のひんやりとした感触を感じただけだった。
まずい、どこかで落としたか。急いで記憶を巡らせていると後ろから少し癖のある声が聞こえた。
「ねぇ」
びっくりして振り返ると扉の前に髪の長い女が1人で立っていた。夕日が沈んでしまったせいで顔を確認することが出来ない。その女は続けて言う。
「石国高校2年4組13番、西村 陽斗」
冷たい汗が背中を伝った。
喋りながら女はゆっくりと近づいてくる。それに従い女の顔に付いた影が薄くなる。
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