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「月が綺麗ですね」
月が雲ひとつない透き通った空に佇む中、僕は隣に立つ彼女に言った。
どうして僕はこんな言葉を言ったのだろう。
それは誰もが分かっていることだろう。
九月二十四日、旧暦の八月十五日に、宝石のように白く光り輝く隣の存在に胸の内に確かに宿る鼓動を伝えたかったからだ。
気付いてくれるだろうか。
それとももう気づかれているだろうか。
このささやかに紅く燻る炎に。
しばしの沈黙ののち、隣の月は光を零した。
「遠くから見ていればね」
その光の揺らぎを耳にした時、胸の炎はひときわ強く燃え上がり、僕の身を焦がした。
そして、その炎は気付いた時には既に僕の喉を通り抜け、口を動かしていた。
「近くで見てもとても綺麗ですよ」
少し月の輝きが増した気がした。
しかしそれも束の間、薄い雲に覆われた。
「裏側は傷だらけなのよ?」
薄い雲が光を覆い隠そうと試る中、そよ風が吹いた。
その風は僕の肌を撫で、耳をくすぐり何処かへ行ってしまった。
僕の中に紅々と燃え上がり、消えることも、その勢いを弱めることも知らず、ただただ荒れ狂う炎を残して。
「身を賭して庇ってるんですよ。きっと」
僕は心を零した。
たとえ、傷だらけでもいい。
たとえ、汚れていてもいい。
全部この人なのだから。
隣の満月なのだから。
雲は晴れた。
月はその白銀に輝き、雄大で全てを包み込むかのようなその姿を、再び僕の前に現した。
それはとても美しく輝いていた。
それはとても綺麗であった。
「時間がこのまま止まってしまえばいいのに」
彼女はそう言った。
その横顔はまさに天満月のようであった。
僕は言った。
「止まらせはしません」
そして、こう続けた。
「好きです。付き合ってください」
夜空が、そして月が、僕らを見下ろしていた。
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