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片付けたカップの下にお金が置いてあったということもない。
「それって無銭飲食じゃないのか?」
朔の別隣に座って紅茶を飲んでいた青年がやれやれと声を挙げる。
彼はきちんとした人間である。
名前は十夜。この喫茶店のすぐそばにある産右神社の跡取り息子である。中学高校が慶一郎と同じで、父同士親交も深かったため今でも親友と言ってよいほど慶一郎と仲の良い相手であった。
「神様が無銭飲食とはなぁ。朔、お前は大丈夫か?」
「むぅ!十夜の癖に失礼な。わしはきちんと金銭を払っているのじゃ」
「でも、最初に来たときは金払わなかったんだろう?」
「……それを言わないでほしいのう」
朔はあからさまにがっかりしたようにカウンターの上に頭を乗せた。
「その頃のわしは人に金を払うという感覚がなかったからのう……。人の世界の常識に疎いのは許してほしいのじゃ」
「仕方ありませんよ」
慶一郎はカップを下げてテーブルを拭きながらフォローする。
知らなかったことを責めても仕方ない。今ではきちんとお金を払ってくれるので朔はさして問題ではない。
「でも、客としていらっしゃる神様にはきちんと人の世界のルールは守ってほしいなー」
「むっ、このわしに任せておけ。」
軽く朔はポンと自分の胸を叩く。
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