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その指摘に男は声にならぬ悲鳴を上げた。
あぁ、そこはツッコまなかったのに……。慶一郎は内心ため息をついた。
「あの、朔さん……」
客同士でできればもめごとをしてほしくないので、慶一郎は手を止めて朔に声をかける。
「ん、こいつは知り合いじゃ。神様じゃ」
もはや神様がご来店なさろうと慶一郎には驚かないだけの経験がある。
「猿田彦。八百万の神々と言ってこの国には神がたくさんいるが、ここまで大きな鼻を持っているのはこ奴だけじゃ」
「つ……」
「わしは人のふりをしてるでな。朔と呼べ」
「朔さま!」
男はマスクと帽子をはぎ取った。
確かに男の顔の真ん中には立派過ぎる鼻があった。腹を立てている顔と合わさってそれは天狗を思わせた。
「なんじゃ?」
「なぜ放っておいてくださらないのですか?」
「おぬしがそのまま止まっているからじゃろう?せっかく慶一郎が香りにこだわったコーヒーじゃぞ。それが冷めてしまっては可哀想であろう」
「しかし……」
「しかし何じゃ?」
「忘れていました。せっかく顔を隠しても飲食をするときは取らねばならないということを……」
そう言いながら、猿田彦と呼ばれた男は悔しそうに顔を覆ってた布を握りしめる。
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