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美しい女王様が豚みたいな政治家を華麗な鞭さばきで調教している。生まれたばかりの赤ちゃんが絶叫で軍歌を歌っている。永遠にサラリーマンの男が、額から血を大量に流しながら、壁に何度も頭をぶつけペコペコと謝っている。生きていることを失った学生が、一人眠れない夜に高速で何度も射精をしている。目を血走らせた主婦が、深夜に返り血を浴びながら、大きな豚を脂と肉に分けている。胸の大きな女子高生が、嬉しそうに一粒三十円の飴玉で汚いおっさんたちに体を売っている。山ほどの人間を殺した帰還兵が、泣きながら銃を乱射している。
「僕は世界の本当を初めて見たよ」
天使は少し微笑んだ。
「みんな寂しいんだね」
紫音がそう言うと天使は、やさしくうなずいた。
ヘリコプターは木の上の女神のいる木の上に戻ってきた。
「ありがとう」
紫音が手を振ると、天使は少し微笑み、ヘリコプターを再び上昇させ、行ってしまった。
「もう戻らないかと思ったわ」
カミュゥが言った。
「僕は僕に戻るしかないんだ」
「結局そうね」
「木の上の女神がいない」
紫音が木の上を見上げた。
「木の上の女神は木の上の女神をやめたのよ」
「木の上の女神が木の上の女神をやめて何になるんだい」
「さあ、何の女神にだってなれるでしょ」
「そうだね」
「さあ、帰りましょ」
「うん」
二人はまたもと来た道を歩き始めた。
「ごめんよ」
紫音がカミュゥに言った。
「君も寂しかったんだね」
「いいのよ」
二人は、明け始めた夜空を見上げた。それは半分白で半分黒だった。
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