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1.魔界の王
魔界―悪魔の世界のこと。魔物や化け物が生息しているとされている、空想上の世界。
悪魔ー人を惑わし、悪行を行わせる。人を喰らうとも言われている。
「はぁ…。」
月はあるけれど、真っ暗な夜空を見上げて、一人の青年がため息をついた。
「なんで満月でこんなに真っ暗なんだよ。」
魔界の月は皆既月食のように赤く、闇夜に隠れるような光しか灯さない。
「人間界じゃあ、満月と言えば昼間みたいに明るくなんだろ…」
常に暗雲が垂れ込めている魔界では、昼間に太陽なんて見たことがないけれど。
「魔女ヘカテの話じゃあ、月のない夜は数えきれないほどの星が光ってるんだよなぁ。」
この魔界で星など光ろうものなら、それは凶星以外の何ものでもない。
「ノスフェラトゥが、小鳥や犬や猫だって愛らしい姿をしてるって言ってたよな…」
魔界の鳥は鋭いくちばしに赤い目、鉤爪の付いた翼、犬は言わずと知れた頭が三つあるケルベロスで大型犬、猫は闇夜に紛れるような黒猫でしかも矢鱈と目が光って怖い。
「一度でいいから行ってみたいよなぁ、人間界…」
お付きの侍従長メフィストフェレスが聞こうものなら青筋を立てて説教開始である。
当代サタンは、魔力、腕力とも歴代随一と言われている。
高位の魔族らしく、見目麗しく気品あふれる姿は、謁見ともなれば城の前には何日も前からその、高貴なるお姿を一目見ようと長蛇の列が出来る。
人望、将来性ともに有望なお方であり、魔界としては喜ばしい限りである。
が、しかし―
「はぁ、犬の散歩とやらをしてみたい。鳩とやらに餌をやってみたい。猫と遊んでみたい…」
いや、魔界でも出来ないわけじゃあない。
ただ、ケルベロスは子犬であっても人の背丈ほどあるし、鳥にやるエサはウサギほどの大きさの肉の塊だし、猫は目が光って怖い。
つまりは想像しているものとちょっと、いや、かなり違うのだ。
「行きたいなぁ。」
サタンは呟いた。
「行くなら今だよな…」
一月後には、戴冠式がある。
戴冠式を終えてしまえば、彼は完全なる魔王となり、自由はなくなる。
「今なら…」
サタンは赤い満月を見上げて呟いた。
翌朝、侍従長のメフィストフェレスの叫び声が広大な魔王の居城に響き渡ったのは、言うまでもない。
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