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一
血が流れている。
その量たるや夥しい。
冬の雲に覆われた、七つ(午後四時)になろうかという頃合いに、賑わう町筋である並木町通りは、溢れんばかりの人出であった。
障子ごしに日が斜めに差しこんでいる方にふと目を留めて、眼前のあまりにも残虐無比な血と肉の塊から目を背けていた南町奉行所 定廻り同心・秋山左門は、しばし浅草雷門の観音様の方角にも目を向けた。
「観音さまの前でなんてことをしやがる。こいつは相当な凶状持ちの仕業に違いあるまい」
そう独りごちた左門は、ふと眼前にいる岡っ引きの源七を、おぞましさからキッと睨みつけていた。
あまりの鬼の形相を差し向けられた源七は何事か?と一瞬、怯んだが、さて、これは左門の旦那に火が着いたな、と一人合点して、こちらも左門を睨んで目顔で合図を送った。
「何を睨んでおる!」
左門はすぐに源七を叱責したが、自らの顔の眉間に深い皺が寄っていることに気づいて、詫びる源七に、それ以上何も言わなかった。
斬首された首は、泥を被って転がっていたが、脳天から顎の先まで斬り裂かれていた。
その周りには夥しい血が撒き散らされており、刀を握った腕も、もう片方の腕も、胴体からは斬り離されていた。
足が二本くっ付いた胴体からは、臓物が全て溢れ出ており、おまけに陰茎まで斬り取られて、胴体の前に転がっていた。
よく薬屋で、人の陰茎や陰嚢、頭などが並べられているのを見かけるが、しかしながら、斬り殺され、切り刻まれたばかりの、直近の血まみれのそれらを目にするのとはわけが違う。
それに、このむせ返るような夥しい血の匂い。
このような所業を行う凶状持ちに、いかなる手段で対抗し得るのか。
左門は思案に暮れながらも、自らの血が沸き立っていることに気がついていた。
これは、死罪の者の首を撥ね、遺体を将軍家や大名所有の名刀で試し斬りの道具にする、斬首刑と同じことを行なった所業ではあるまいか。
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