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「承知しております。ありゃ人じゃねえ、ただの畜生だ。無礼打ちは数知れず、下郎奉公の娘だけでは飽き足らず、長屋の女子供にまで手出しやがる、とんでもねえ畜生です。その畜生に斬首刑のお裁きが下ったのですよ」 「口を慎め。いやしくも御公儀(将軍家)直属の上層家臣の三男坊だ。下級の御家人である町方のおいらや、町人の身分の町役人のおめえが悪態吐いていいご身分のお方じゃねえぞ」 「ご無礼仕りました」 「まあよい。おいらが言いてえことをおめえが口にしたまでよ。ハハハハ」 「はあ。それで旦那、あれは辻斬りの仕業ですかね?」 「懐の紙入れが無事だったところからすると辻斬りじゃあねえかもしれねえな。そうすると、仇討ちということになるが、御番所(町奉行所)の御帳に、彦二郎様に対する仇討ちの帳付などなかったから、仇討ちの免状は下りちゃいねえな」 「仇討ちは目上の仇の時だけ免状が下りるだけで、兄弟や甥、子の仇の免状は下りませんからな。御内儀(妻)を寝取られて仇討ちをした藩士もおられましたが、あの時も免状は下りてません」 「だから辻斬りを装って仇討ちをやったというわけか。しかしあれはただの仇討ちの所業じゃねえ。斬首刑そのものだ。さっきおめえが言ったように、まさにお奉行に代わって裁きを下したとしか言いようがねえ」 左門の話を聞きながら、家主は火鉢に炭を足し、その上に薬罐をかけた。     
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