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「今までありがとう」
「こっちこそ」
「幸せにならないと怒るからね」
「お前もな」
「これ、返すね……」
優子がスッと左手の薬指にはめられていた指輪を真司に差し出した。
「それなら俺も返さなきゃ……」
「それじゃあただの交換になっちゃうでしょ」
優子は呆れてため息を吐いた。
「そっか」
真司は照れたように笑った。
「それにその指輪、真司からもらった物だし」
「真希さんに見られたら怒られちゃうかなぁ」
真司はぼんやりとそう呟いた。
真希とは真司の会社の社長令嬢で、真希に気にいられた真司は社長のお見合いを断る事が出来なかった。
だから今、二人は最後のお別れをしているのだ。
未練がないと言えば大嘘だ。今だって必死に涙をこらえている。本当に涙が流れそうになって、優子は思わず後ろを向いて肩を震わせた。
それに気付いた真司は後ろから優子を抱きしめた。
「優子、ごめん……本当にごめんな……」
優子は真司の腕を振りほどいた。
「もう行って。このままじゃ別れられなくなっちゃう」
「うん……元気でな」
「真司もね」
優子の部屋の玄関がガチャリと開いて閉じていく音が耳に残った。
二人で暮らしていたこのワンルームは、二人でいるととても狭かったけど、真司がいなくなってしまったら、こんなにも広い部屋だったのかと愕然とした。
でも真司が幸せになるためなら仕方のない事だった。
私は私の仕事を頑張ろう。今は仕事に没頭しよう。そう考えながら優子は広く感じるベッドに体を横たえて少し泣いた。
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