第3章 第3相談者

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滝川博志は、自宅の最寄り駅より1つ手前で下車する。健康のため歩くのだ、と言いたいところだがじつはそうではない。歩きながら晩酌して帰るのである。自分の小遣いを考えれば、赤ちょうちんに寄っていくおかねは無い。1日1000円の小遣いは440円のタバコ、390円の弁当、残った金でスーパーの缶チューハイを買うことで見事に消え失せた。唯一の楽しみは、土日の休みには会社に行かなくてもいいので2000円が現金として自由に使えることであった。 博志の勤務先は小さな出版社である。入社当時には、社会学や社会心理を専門として扱ってそれなりの定評を得ていたが、社会学があまり流行らなくなったり、出版不況も重なって今ではなんでも扱う出版社になっていた。要は売れなければ会社はもたないのである。収益をふやすため、営業を強化することが決まった。自費出版である。ホームページには会社概要・商品紹介・お問い合わせ、のほかに「原稿募集!」のサイトを設けた。文芸コンテストと称して作品を募集する。特賞は20万円。反響は大きかった。 「あのー原稿を読んでいただきたいのですが・・・」大体がこの手の電話だ。 普通は大手出版社はここで丁重にお断りするか自費出版を勧めてくるのだが、博志の出版社はそれを逆手に取った。 「ぜひ、送ってください。コンテストにかかわらず良いものは企画に上げますから」 博は明るく応対する。 「本当ですか?」大半の人は声色(こわいろ)が明るくなる。 「ええ、一応目は通させていただきます、ただし原稿はお返しできませんのでそれはご了承願います」「はい、よろしくお願いします」     
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