春の光

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 あれからもう8年。あの時一緒にお風呂に入ったお母さんはもういない。幸せそうに笑っていたお母さんは、もう二度と手の届かないところへ行ってしまった。 「……ゴールデンウィークの予定なんだけど」  仁が話し出し、慌てて気持ちを切り替えた。 「あ、決まった?」 「うん。もう一度、あの時の温泉に行くぞ。今度は希望を加えての家族温泉旅行だ」 「え……?」 「実はもう予約入れたんだけど」 「――本当に?」 「うん。だから反対されても困るけど、一応聞いておく。――いいよな?」  わたしは、答えに一瞬迷ってしまった。  お母さんがいなくなってから、これまで何度か家族旅行には行った。それでも、あの温泉には行こうという話にはならなかった。なんとなく、あの思い出をそっとしておきたいという気持ちがあったからだ。わたしだけじゃなく、きっとお父さんにも。そして、おそらくは、仁にも。 「お父さんはなんて?」 「カズがいいなら構わないってさ」  ――そうか。お父さん、あの思い出を希望とも分かち合う気なんだ。きっと、それだけの心の余裕ができたということ。  だったら、わたしが反対をするわけにはいかない。 「わたし……楽しみにしてるね」 「――うん。カズはそう言うと思ってた」  仁のその言葉に、不思議な安堵感が広がった。
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