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* * *
そして、翌週の週末。わたしと仁は、とある温泉地へとやってきた。
「おお、絶景!」
部屋からは山の風景が広がっていた。そして、その合間からは、近くにある湖がキラキラと光って見える。
「きれいだねー!」
後ろを振り返ると、荷物を整理していた仁が満足そうに頷いた。
「ここ、先輩の先生から教えてもらった穴場なんだよ。あまり混まないし、ゆっくり出来るって。さすがにゴールデンウィークとかは埋まってるみたいだけど」
「その先生にお礼言わないとね」
ひとまず窓辺を離れ、座卓の前の座布団に座った。部屋の中は特に珍しいものもない、典型的な温泉宿だ。
「お茶、淹れようか?」
「うん、もらう」
仁は足を投げ出して座ると、大きく伸びをした。
「はぁ、疲れた! 久し振りに長く運転したー」
「お疲れさま。ハイ、どうぞ」
「サンキュ。……さて、これからどうする? 湖のところまで出掛けてもいいけど、今からだとあまりゆっくりはできないかな」
もう16時近くだ。わたしと同じように時計を見て時間を確認した仁は、「よし」と手を打った。
「湖まで行くのは明日にして、今日は旅館の周りでも軽く散歩するか。そしてあとはのんびり温泉――と」
「うん」
予定に追われず、ゆっくりのんびりするのが一番だ。いつものように、弟の世話をする必要もなく、やるべきこともない。
熱いお茶をフゥフゥしながら慎重に飲んでいる仁を見ると、なんだか気持ちがほっこりとしてきた。
こんなふうに二人きりでゆったりと過ごすのは、実は初めてかもしれない。
「――ん?」
視線に気付いたのか、仁がわたしを向いて首を傾げる。慌てて「なんでもないよ」と笑った。
幸せだなと思った、などと言ったら、とことんからかわれてしまいそうだ。
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