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この日、旅館の宿泊客は少なく、わたしたちの入浴時間もピークを過ぎていたせいか、露天風呂にはわたし以外は誰もいなかった。貸し切り気分だ。
男子風呂はどうなんだろう、と竹でできた衝立を見上げた。入ってみてわかったのだけど、この露天風呂は、一つの大きな岩風呂を衝立で仕切って男女に分けているだけだったのだ。
「……カズ?」
不意に人の声が辺りに反響し、思わずビクリとなってしまった。でも、すぐにそれが仁の声だと気付き、衝立の方へ近付いた。
「仁?」
「あ、よかった、聞こえた。そっち、誰かいる? こっちは俺だけなんだけど」
「こっちもわたしだけ。貸し切りみたいだねー」
「うん、得したな。――俺、ここ」
衝立がトントン、と音を立てた。反響してなかなかどこからか分かりにくいけれど、なんとなくその音に近付いて、わたしも同じように衝立を叩いた。向こう側から再び「トントン」返事が返ってくる。笑いが零れた。
「なんか変だよね。こうやって話してるの。こんなにすぐに近くにいるのに姿は見えないとか」
「ホント、この衝立邪魔。――でもまあ、それも一つの情緒かな。カズ、空見て」
「空? ――あ、満月!」
ちょうど真上辺りに真円の月が浮かんでいた。
「そっか! この薄い灯りって満月の灯りかぁ。てっきりこのような照明なんだと思ってた」
衝立の向こうから苦笑が聞こえてきた。
「おまえなぁ……。俺なんて、入ってすぐに空見て気付いたけどね」
「ムードなくてスミマセン……」
本当に自分でも呆れる。こんなに綺麗な夜空に今気付くとは。
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