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「なに?最近様子おかしいけど、あの男と別れたの?」
「『あの男』って?」
あまりにも唐突に、あまりにも珍しく、悠資は言葉に刺を含ませた。
挑発的ともとれる悠資の態度に、あたしも意図せず声のトーンが上がる。
「……ひょっとして祥太郎のこと?祥太郎は奥さんいるの知ってるでしょ?」
「咲奈ちゃんにはそういうの関係ないじゃない」
いつもの悠資の浮かべる笑みが、こんなに癇に障るものだったなんて。
あたしは怒りと共に驚きを抱いていた。
「そもそもさぁ。祥太郎とはそういうんじゃないって知ってるよね?」
「どうなんだろうね。俺には最近の咲奈ちゃん、その男とうまくいってなくてイライラしてるように見えてさ。『あー、俺ひとりに絞っちゃったかな』って思ったり」
「安心して。あんたともそういうんじゃないってことぐらいわかってて付き合ってるから」
「あー。よかった」
その安堵の言葉は挑発でも何でもなく、悠資の心の声なのは間違いないだろう。
しかし、だからこそこの態度はあたしに対する悠資にとっての“あたしの立場”を如実に示していた。
「帰って」
熱く煮えたぎるような怒りは急速にその温度を失い、冷たい空気を纏った声だけが形になった。
「えー」
普段なら可愛いとさえ思う悠資の声は逆効果でしかなく、あたしは、自分が最も自分らしくないと思うような行動を目の前の男に見せる前にと、表情を凍り付かせたまま悠資の手を引っ張る。
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