9月に鳴くセミ

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9月に鳴くセミ

 セミが鳴く。  うるさいほどに鳴きわめく。  夏の始まりを教えてくれる。  セミが鳴き止む。  夏の終わりが告げられる。  でも、一匹だけ鳴き続けるセミがいる。  今日も明日も明後日も。  明後日も来週も来月も。  おかしい。何かがおかしい。  セミが鳴く。  外からではない。  部屋の中から……  ミーンミンミン。  ミーンミンミンミー。  セミが鳴く。  ただただセミが鳴く。  それはいつものこと。  いつものことだなんだ。 「あー。  いい匂い」  広くもない狭くもない病室の個室の中。  看護師の妹、千春が用意したミルクの香りに誘われて目を覚ました幼なじみの萌が静かに言った言葉だった。  その場にいたみんなは、もう二度と目を覚まさないと思っていた。  だから、私たちは驚いた。  そんな私たちの不安なんてお構いなくいつものマイペースでこう言った。 「私は、いちごミルクがいいな。  冷たいやつ」  人は死が近づくと何故か暑く感じるらしい。  今はもう、9月の半ば。  萌の希望により、空調は18度。  その場にいたほとんどの人が上着を着ていた。  その場にいたのは、萌の夫である太郎。  萌の息子の瓜くんと娘である桃ちゃん。     
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