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6
「ねぇ、なんでそれが自分のものだって分かるの?」
佳那が僕の持つ物差しを指差してもう一度尋ねた。
僕は笑ったまま答えた。
「別に。なんとなく」
「ふーん」
おたまじゃくしがすぐに蛙にならないことを知ったあの日の藤枝のように、佳那は唇を尖らせた。
しかし、すぐにニヤリと笑って僕に言った。
「分かった。初恋の思い出でも詰まってるんでしょ?」
「別に何もないって」
久しぶりに通った畦道は、僕の記憶よりももっと多くの緑があちらこちらにあって、生き生きとしているように見えた。
僕は佳那のお腹に耳を当てる。そして目を瞑った。
数cm先に自分の子供がいると思うと不思議な気持ちになる。
この子もいつか、誰かを好きになることがあるのだろう。
かつての僕がそうだったように、その恋に心をかき乱されることもあるのだろう。
そして今、ここで僕がこの物差しを拾ったように、何かのきっかけでその恋を笑える日が来るのだろう。
僕は目を瞑ったまま、佳那のお腹から聞こえる新しい命の音を聞いた。
「大きくなったね」
「うん。もうね、おたまじゃくしだった頃から手が生えて足が生えて尻尾がなくなって、こんなに大きくなったよ」
佳那は唇をきゅっと上げて笑った。
しかしすぐに目を見開いて、口を大きく開けた。
「あ!良い名前思いついた!ツツジ!ツツジはどう!?季節もぴったりだよ!」
「ツツジかぁ。女の子だし花の名前ってのは可愛いけど…。なんでまたツツジなの?」
佳那はふふっと笑いながら、僕の持つ物差しを指差した。
「22.4cmだから」
なんだ、覚えてたのか。
僕は急に恥ずかしくなって視線を足元に落とした。
初恋の相手はあの日と変わらない悪戯っぽい笑顔で、22.4cmより近いところから僕の顔を覗き込んだ。
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