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よく見るとそれは、女子用のランドセルだった。
僕のランドセルと違って、まだ擦り傷の少ないエナメルの光沢が夕焼けを反射していた。
雑草ゲームを中断して顔を上げる。辺りを見渡すと、畦道を逸れた細い小道に、茶色い髪を揺らした女子が田んぼを覗き込むようにしゃがんでいた。
別のクラスの藤枝という女子だ。時々この帰り道で僕の前を歩いているのを見かけていたので、名前だけは知っていた。
「何やってんの?」
右手で持った木の枝をぐるぐると回しながら声をかけた。
僕の声に反応した藤枝は、こちらに顔を向けると、口角をきゅっと上げてから答えた。
「おたまじゃくしがいるの。ねぇ、こっち来てみて」
「おたまじゃくし?」
僕は藤枝の元へ駆け寄り、同じように田んぼを覗き込んだ。
そこにはおたまじゃくしが一匹いて、泥の上に張られた水の上でじっと動かないでいた。
「おたまじゃくしがどうしたの?こんなやつどこにでもいるよ」
僕は得意げに言った。おたまじゃくしなど何度も見たことがあった。
「蛙になるかなぁと思って待ってるの」
大きな目を僕に向けて、嬉しそうに藤枝は言った。
「おたまじゃくしはそんな早く蛙にならないよ。手が生えて足が生えて尻尾がなくなって、ゆっくりと蛙になるんだよ」
僕は更に得意になって、藤枝の横にしゃがみこんだ。
「なんだぁ。そうなんだぁ。待ってて損したぁ」
隣で藤枝は悔しそうに唇と尖らせた。
しかし、すぐにその唇をきゅっと横に伸ばして、綺麗に生え揃った小さな歯を見せて僕に言った。
「物知りなんだね!」
僕はなぜかその顔から目を逸らせられなくなった。耳のあたりがぽうっと熱を帯びるのを感じて、目が合っていることが急に恥ずかしくなってしまった。唾を飲み込んだらゴクンと喉が鳴ったことまで恥ずかしく感じて、ようやく顔を背けることができた。
「別に」
立ち上がるなり早足で畦道に戻る僕を、藤枝が後ろから小走りで追いかけてきていた。
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