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藤枝は転校していった。 親の都合でここからずっと離れた街に引越すのだと言っていた。 藤枝の転校先は小学生1人ではとても会いに行けないような遠い場所で、僕はもう二度と会うことがないということをどこかで理解していた。 しかし、そうは分かっていながらも、それからも僕は何度かあの田んぼの畦道を通って帰った。かつて藤枝がしゃがみこんでいた場所を横目で見ながら歩いた。勿論、そこに藤枝はいなかった。 22.4cmを忘れたくなくて、僕は物差しの22.4cmのところに彫刻刀で傷を入れた。 それを見るたびに、僕と藤枝はこの距離にいたのだと実感出来た。 だけど、時間が経つにつれてその傷を見ると、懐かしい気持ちだけでなく寂しさが込み上げてくるようになった。僕と藤枝の、今の本当の距離を考えずにはいられなくなった。 僕から22.4cmという距離に藤枝が存在することはもうないのだと、そう考えずにはいられなかった。 ある日の授業で物差しを使った時に、鉛筆の芯が22.4cmの溝に引っかかって折れた。 唐突に強い虚しさが込み上げてきて、その日の放課後、僕は物差しをランドセルに入れて畦道へ走った。 最後に藤枝と話した場所で、僕は物差しを握りしめた。 目を瞑り、藤枝を思った。 今、藤枝はどこで何をしているのだろうか。 あの悪戯に満ちた笑顔は、誰に向けられているのだろうか。 藤枝の席の隣には、誰が座っているのだろうか。 藤枝の22.4cm先には、誰がいるのだろうか。 僕は、水の張られた田んぼに物差しを思い切り投げ捨てた。 水を弾く音と共に、物差しは呆気なく田園に吸い込まれた。 そしてそれ以来、小学校の帰りにその道を通ることはなくなった。
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