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危うく飲み込みかけた甘い泡を奥歯へ送り込み、首を傾げる。覆い被さってい髪の表層が流れ、現れた内側にかなりの白髪が生えていると気付き、思わずじっと鏡を覗き込んだ。51歳。肉体は一歩一歩、衰えへと向かって確実に突き進んでいる。
「何だって?」
とミランドは言ったのだろう。戻ってから答えようと、ぬるくべたついた唾液を吐き出す。口を濯いで櫛を掴み、もう一度真正面へ目を凝らした。このホテルの部屋で目に付いた数少ない欠点、黴が生えているかの如く煤けた丸い白熱灯が、洗面台の上から眩しさを降らせる。強い光源に消し飛ばされ、皺や目の下の隈はおろか、顔一面を覆う倦怠すら鏡には映っていなかった。さっきの白髪も、光の加減で一部が変色して見えただけかも。灰色掛かったブルネットは、昔から写真のフラッシュ如何によっては星のように淡い銀髪へ見えた程だから。
こんなことを意識してしまうのは、恐れのせいかもしれない。
なにせ、自らは変化するのだ。
未知の領域へ踏み込むのだから、それも当然の話だと頭では理解している。だが自覚すればするほど不快感は消え、代わって滲み出る好奇心が胸を満たした。
部屋に戻れば、ミランドはエートゥゼットの薄っぺらい地図を広げていた。空調で微かに靡くコーティング紙から顔を離し、目の前に突っ立っているクレイグへ、改めてつま先から頭のてっぺんまで視線を這わす。
「朝飯を食ってないだろう。何なら買ってくるが」
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