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さんざんこねくり回された地図は、結局スーツのポケットへ乱暴に突っ込まれる。その手つきと同じくらい、アクセルは勢いよく踏まれた。
「あんたも街をよく見とくんだな。ザルツブルクは遠いし、恐らくもう二度とここへは帰ってこれやしないんだから」
彼らと接見したとき『亡命』という言葉は一度も用いられることが無かった。実際、そこまで大袈裟なものでもないのだろう。そもそも彼自身、己が悪事はおろか、正義を行ったとすら思っていない。成り行きを、クレイグは一切拒むことなく生きてきたーークィーン・メアリーで教鞭を執ることも、ロシア文学へ造詣を深めることも、主催する研究同好会に大陸からやってきた知識人が参加することも。追放した彼らを未だしつこく付け狙うアメリカ人が接触してくることすら、何一つとして。
親密すぎる打ち明け話は、よその政府の国防に役立ったらしい。ご褒美として提案された旅行の行き先も、深く考えずに決めた。母方の祖母がエッセン出身の貴族の流れを汲む一族なので、ドイツ語を喋ることが出来るし、それに一度、モーツァルトゆかりの地を見てみたいと思っていたのだ。
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