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ある、冬のことだった。
ユキワタリは薄紫の影の落ちる窪地の底で静かに埋もれたまま五日を過ごしていた。唸りをたてて荒れ狂う風を地形が遮っていたので、あたりは不可解なほど静かだった。ユキワタリは薄い意識のまま、新雪との淡い一体感に包まれていた。
そこへ、唐突に黒っぽい塊が転げ落ちてきた。
柔らかな雪を蹴散らし、なめらかな窪地の縁を削り、雪面に無数の線を引いた挙句、それはユキワタリの体内にめり込んで止まった。
平和な瞑想を破られ、ユキワタリはひどく不快に思った。一体どんな天災が落ちてきたのかと不意の闖入物に意識を向ける。
それは草で出来た衣にくるまれた、何やら温かなものだった。
ユキワタリは僅かに思案した後、それを己の体内に引き入れ、じっくりと検分することにした。
子猪ほどの大きさがあったので、全身で包み込むのに骨が折れた。草の衣の内側に触覚を滑り込ませると、毛のない肌に行き当たった。全身の輪郭を隈なくまさぐり、これは人間の子供だ、とユキワタリは結論付け、同時に不思議に思った。
――人間とは何か?
ユキワタリは人間を見た記憶がない。だがそれは人間だと確信していた。身の裡に懐かしい感覚が沸き上がり、ユキワタリは戸惑った。
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