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優香は怖くてそのままマンションまで走って帰って来た。そして鍵をバッチリ締め、窓のカーテンをピッチリ締めてこの夜は用心して寝た。
翌日。
仕事を終えた優香は商店街を歩いてマンションまで帰ってくる際、外で煙草を吸っていた赤いシャツの『アキラの床屋』の店主、アキラに声を掛けられた。
「よう!姉ちゃん。今帰りか。今夜も走るのか」
「実は昨日、痴漢が出たんです」
「なんだって?」
初老でリーゼント頭のアキラは驚いて立ち上がった。そんな彼に優香はゆうべの様子を話した。
「背が高くて、前髪が長くて顔は分かりませんでしたが、神経質そうで陰険そうな感じでした。いきなり声を掛けてきて、最後は追いかけてきたんです」
「そんな凶暴な男がこの曙町にでたのか?」
店主は信じられない顔で煙草を消した後、警察に相談したのか優香に聞いてきた。
「いえ。だって今思い出したので」
「ダメだ。ダメだ!そこの交番に相談だけしとけ、な?」
面倒だったがアキラが見ているので、優香は仕方なく交番に行き、ゆうべの様子を話した。被害届は出さず、今回は相談に留めた優香はやっとマンションに戻って来た。
「よし!行くぞ~」
しかし。もちろん今夜も走るので、ぱっと着替えた彼女は軽やかにマンションの玄関まで下りてきた。
……待てよ。ゆうべは変質者が出たから……今夜は違うコースにするか……
そんな対策を立てた彼女は、元気にマンションを飛び出した。
今夜は時間が早いせいか、商店街のお店もまだたくさん開いておりとても賑やかだった。その時、優香の前方に店の前に立つスーツ姿の男性が見えてきた。彼はこっちを向いて誰かを待っている様子だった。
そんな彼のために、優香は道の端により、ここを駆け抜けようとした。その時、男が動いた。
「おい!ちょっと待て。お前だ。止まれ!」
「きゃあ?」
男が急に通せんぼしたので、優香は男の胸に飛び込んでしまった。
「痛ぇ」
「すいません!あ、変質者?」
「……お前な……」
男は眉間にしわを寄せ、優香の両肩をぎゅと掴んだ。
「森田優香だな」
「そ、そうですけど……」
「こっちに来い……話があるんだ」
そういって彼は店のドアを開け、彼女を中に入れた。
「ここは……不動産屋さん?」
「やっと思い出したか……」
ここ澤村不動産は、優香が部屋を借りる時、紹介してくれた会社だった。
「そこに座れ。ほら、これは水だ」
「あの、これは」
目の前に置かれたペットボトルを見ながら優香が尋ねると、店の奥から社長夫人がでてきた。
「迅。お客さんかい」
「母さん、見てくれ!やっと捕まえたぞ。例の女だ。まずは店を閉めるぞ」
部屋の奥に嬉しそうに声を飛ばした男はそう返事をし、店のシャッターを半分締めた。
「さて。森田優香さん。君に話があるんだ」
「なんでしょうか?」
「お前……走るの止めろ!」
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