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彼はそういって腕を組んだ。
「どうしてですか?私、何か問題でも?」
「ああ、大ありだ。お前が走ると俺が迷惑なんだ。これを見ろ!」
彼がテーブルに出したパンフレットには『治安のよい町、曙町』とあった。
「この町は犯罪の無い町で有名なんだ。それなのにお前が夜な夜なウロウロしているだろう。そんな事をしていたら犯罪が起きるかもしれないじゃないか」
そう言って澤村不動産の息子で社員の澤村迅はドカと自分の椅子に座った。
「あの。どうして澤村さんはそんなに怒っているんですか」
「……お前の走っているコースは、俺が防犯パトロールしているコースなんだ」
そう言って迅は、大きくため息をついて優香を見た。
「すみません。私そんな事知らなくて」
「……痴漢に逢ってからじゃ遅いんだぞ」
「痴漢に逢ったのは、澤村さんが初めてで」
「俺は痴漢じゃない!!」
迅は興奮して立ち上がり、肩ではあ、はあと息をしていた。
「あの、どうか座ってください」
「言われなくてもそうする。あのな、俺はお前が最初は三日坊主で終わると思ったんだ……」
しかし、優香が雨の日も風の日も走るので参ってしまったと言った。
「地震が合った日も走るもんな、お前」
「雷の日は走らないです」
「当り前だ!?それにな。俺はお前がマンションに戻るまで、気が気じゃないんだよ……」
怒り心頭の彼に対して、優香はシュンとうつむいた。
「そうだったんですか。すみません、私まったく何も知らなくて。澤村さんに迷惑を掛けていたんですね」
「ああ?まあ、そこまでじゃないが」
すっかり気を落としてしまった優香を見て、迅は言いすぎたと思った。
「本当にごめんなさい。私……これからは澤村さんに迷惑を掛けないよう生きています」
「いや。俺もそこまでは」
「お水、ごちそうさまでした。これ頂いていきます。今夜は家に帰りますので」
そして寂しそうに頭を下げて去って行った優香を、迅が頭をかきながらその小さな背を見つめていた。
そんな事があった翌日の夕刻。
優香はお気に入りのジャージに身を包み、マンションのエントランスにルンルン気分で顔を出した。
「あれ?」
「お前。俺をバカにしてんのか?」
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