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20 悲しい予感
「あ、いた!お姉ちゃん」
「おはよう。陽介君だよね」
早朝の栗の木の下にいた少年は優香を見て朝顔のような顔を見せた。
「見て。またクワガタ発見した」
「すごいね?家には何匹いるの?」
「さあ。でもいっぱいだよ。大きいのはこれだよ」
「おう!早いな」
「源五郎さん。おはようございます。君もほら挨拶して!」
「おじさん。おはよう」
「坊主。おはよう」
近所の人には偏屈爺で通っている地主の源五郎はにこやかに挨拶した。
「しかし、あんた毎朝、感心だな」
「源五郎さんもですよ」
「ワシは何にもしとらんぞ」
「そんなこと無いですよ?」
優香は虫採り少年陽介に分かるように説明した。
「あのね。源五郎さんはあの点滅信号の交差点を渡って散歩するの。そしたらね、信号無視しようとした車がちゃんと止まるんだよ」
「へえ。朝だから誰もいないと思って飛ばす人がいるのか?オジサン。いい事してるんだね」
「そんな事言われたら小遣いをやりたくなるな?あはっは」
こうして源五郎と話をした優香は、ランニングをしてから会社に出社した。
やはり迅と明美の話は本当のようで交際しているという話が出回っていた。
この話に優香も正直落ち込んだが、そもそも自分は迅に女扱いされていたわけではないので、心の傷が深くならないように、あまりこの事を考えない様にしていた。
その一環として仕事に真面目に取り組み、こうして今日も曙町に帰ってきた。
「優香ちゃん。お疲れ!」
「どうも。そうだ?この前のサンマ美味しかったです」
しかし。
曙鮮魚店のおじさんはブルーな顔になった。
「ごめんよ。もうサンマは高くて仕入れ出来ないだ」
「そうか。高級魚ですもんね」
そんな優香はホタテをゲットしてマンションに向かっていた。
「お!優香ちゃん。この前のバレ―お疲れ様」
『クレープのあけぼの』の女店長ははい!とバナナクレープをくれた。
「それとね。この前の停電の時、ありがとう……発電機借りてくれて」
「いいえ。それにしても、あの時売れましたね」
「そうなのよ!最高記録だったのよ!」
停電祭りの時に販売した彼女は、具になるフルーツを八百屋にもらい、これが評判を呼び、新メニューになったと話した。
「ありがとうね」
「どういたしまして。では」
そんな優香は差し入れをもらうと家に帰ってきた。
そして彼に『出発』と連絡して走り出した。
迅と明美の交際噂を耳にして以来、優香はなるべく迅と距離を保っていた。
誤解されても嫌だし、彼女自身、これ以上彼と親しくなるのは辛かった。
しかし、約束は約束なので今夜の彼女も澤村不動産の前を通過して進もうと思っていた。
すると店の前に身なりの良い紳士が立っていた。
「あの、すいません。澤村不動産はどこですか?」
「え。あの。ここですよ」
「……店に誰もいないので」
「お待ちくださいい。どうぞ」
優香は中へ案内すると、店の奥に声を掛けた。
「富士子さーん!厳さん!迅さん!お客さんですよ!!」
奥からはーいと声があり、富士子がスリッパをパタぱささせて店にやってきた。
「どうも、どうも」
「お忙しい所すみません。私こういう者です」
「まあ?七菱地所の東京サービス事業部?」
「はい」
名刺交換を始めた様子に、優香はお邪魔なのですっとここを後にした。
……不動産関係の人かな……
部屋を借りに来た人には見えなかった彼女は、こうして曙町を一回りしてから澤村不動産前まで戻ってきた。
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