20 悲しい予感

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こんな空気の中、富士子はスナック曙からまんまと出て来た。 「優香ちゃん、あの」 「?あぶない!」 背後から来た男が、富士子にぶつかり、彼女を転ばせた。そして男はこの封筒を持って走り出した。 「あ、泥棒!」 優香はこれを走って追いかけた。 「はあ、はあ、はあ」 男は振り返りながら曙商店街を走っていた。優香はこれを必死に追った。すると店じまいで店の前にいた古田を見つけた。 「古田さーん!捕まえて」 「は?なんだ」 「どろぼう!」 「このやろう!」 古田は男の衣服を掴み、動きを止めた。が男は服を脱いで走り出した。 「あ。なんだ?」 前方で店じまいをしていたBOOKS曙の店主は優香の声を聞いて、男のシャツを掴んだ。 それを見たパン屋の旦那や、花屋の店長も出て来て男を捕まえてくれた。 「はあ、はあ、書類は?」 「これかい?」 「くそ!」 商店街通路に三人係りで通路に倒された男は、やってきた曙交番の警官に連行されていった。 そして交番で事情を説明していた優香の元に、迅がやってきた。 「森田。大丈夫か」 「はい。富士子さんは?」 「親父が付いている。話は聞いたよ」 そういって優しく優香の肩に手を乗せた迅は、警官と一緒に優香の話を聞いた。 「ブローカーだったんだな。あいつ」 「迅さん。さっきの人は?」 「母さんが出て行った後、トイレに行くって言って。裏口から逃げた」 「嘘?」 驚く優香に対して警官は肩を落として話した。 「封筒を取ろうとしたのは仲間だろうね……これはこっちで調べるから」 「はい。なあ、帰るぞ」 「はい」 こうして優香は迅と一緒に夜道を歩いた。 「すまんな。俺もあの会社を確認したんだけど。たぶん、偽の会社だったんだな」 「そこまでするんですね」 「ああ。今回の支払いも約束手形だったんだ」 この手形は一カ月後にお金に換えられるものであるが、こういう詐欺グループはこの一カ月の間に第三者にこの土地を売る手口だろうと迅は言った。 「はあ……落ち込む」 「迅さん」 「すまないな。お前、七菱に知り合いがいたんだな……」 「そうでもないですよ」 肩を落とす彼があまりに気落ちしているので、優香は一緒に歩幅を合わせて歩いていた。 「でも。被害が無くて良かったと思います」 「……」 「すみません。関係無いのに口出して」 いつもデリカシーが無いと迅に言われている優香は、先ほどから黙っている迅が怒っていると思って謝った。 それにしても悲しそうな迅が気になったので、優香はそっと彼の横顔を見た。 月明かりの中の彼はとても悲しそうだった。 「森田」 「はい」 迅は優香の顔を見ず、手をすっと握った。 「俺はな。傷付いているんだ……だから、このまま少しだけ歩いてくれ」 「……」 明美という彼女が出来た筈なのに、寂しそうな迅を不思議に思った優香だったが、これに頷き一緒に歩いた。 夏の怪しい風は、草の香りを帯び二人の周りを漂っていた。 青い月。 光る星。 遠くから聞える車のエンジン音。 風に揺れる街路樹の草の音、土の匂い、歩道を歩く靴の音。 そんな時の中、二人の影帽子は優しく寄り添い、何も言わずにこの宵に任せて黙って歩いていた。 つづく <2019・10・19>
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